
ポール・ビヤ(Paul Biya)
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ポール・ビヤ(フランス語: Paul Biya, 1933年2月13日 - )は、カメルーンの政治家。1982年より同国の大統領を務めている。89歳だった2022年9月8日にはイギリスの女王エリザベス2世が96歳で崩御したことにより、存命する在任中の国家元首の中で世界最高齢となった。あまり公の場に姿を現さず秘密主義を好み、扱いにくい性格から「スフィンクス」の異名を持つ。 来歴 ビヤはフランス領カメルーン(当時)南部のムヴォメカ村に生まれた。出生名はポール・バルテレミー・ビヤア・ビ・ムボンド(フランス語: Paul Barthélemy Biya'a bi Mvondo)。かつてはキリスト教カトリックの神学生であった。パリ政治学院で学び、1961年に国際関係論で学位を受けた。 カメルーンに帰国後、アマドゥ・アヒジョ大統領に仕え、1975年に首相に任命された。アヒジョが1982年11月6日に辞任すると、ビヤは大統領になった。アヒジョは辞任後、ビヤと政治的に対立するようになった。アヒジョは1983年に国外追放され、1989年にセネガルのダカールで死亡している。1984年の大統領選挙では対立候補がなく得票率100%で再選。1988年の選挙では単一政党のもとで再び当選、1990年に複数政党制が導入された以降も再選を重ねている。 ビヤは2004年10月11日の選挙で再選された。公式に発表された得票率は75%であるが、選挙には不正があったという指摘もあり、これを理由とする選挙結果に対する反対もなされている。2011年の選挙でも当選し、85歳で臨んだ2018年大統領選挙でも得票率71%で7選。野党は選挙無効を訴えたが、10月19日に憲法評議会が訴えを却下している。この頃には健康状態が悪化し、また国内に対する容赦ない弾圧姿勢もあって、仕事で外遊することはほとんどなく、外国への渡航は病気治療のためか、あるいはスイスのジュネーブにある豪華なホテルで休暇を過ごすといった私的な理由がメインとなっている。国際的な調査報道プロジェクトである組織犯罪と汚職報道プロジェクト (OCCRP)によれば、この「旅行する大統領」は国外の私的滞在が2018年の時点で累計4年半にも及んでいる。 2024年7月9日には、4つの選挙(大統領、下院議会議員、市議会議員、地方圏議員)が集中する2025年の日程を軽くするためとして下院議会議員の任期を2025年3月10日から2026年3月30日まで1年間延長する法律を与党の賛成多数で可決させたが、野党からはビヤが生涯大統領で居続けられるための策略であると批判された。