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パトリック・モディアノ

パトリック・モディアノ(Patrick Modiano)

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パトリック・モディアノ (Patrick Modiano, 1945年7月30日 - ) は、フランスのパリ近郊ブローニュ=ビヤンクール(オー=ド=セーヌ県)生まれの作家である。 30作以上の小説を発表し、アカデミー・フランセーズ賞 (1972)、ゴンクール賞 (1978)、オーストリア国家賞 (2012) などの多くの権威ある文学賞を受賞し、2014年10月に、「最も捉え難い人々の運命を召喚し、占領下の生活世界を明らかにした記憶の芸術」であるという理由により、ノーベル文学賞を受賞した。この際、スウェーデン・アカデミー事務局長のペーテル・エングルンドは、パトリック・モディアノを「現代のマルセル・プルースト」であると評した。彼の作品は36か国語に翻訳されている(2014年受賞時)。 2015年1月にレジオンドヌール勲章オフィシエを贈られた。モディアノ独自の作品世界・作風は「モディアネスク (modianesque)」と表現されるが、レジオンドヌール勲章の授与式で、フランソワ・オランド大統領はこの言葉を「現実が消えてしまう状況、過去と現在が交錯する状況、言葉が信じられなくなる状況」と定義した。 経歴 生い立ち パトリック・モディアノ(出生名:ジャン・パトリック・モディアノ)は、1945年7月30日、パリ近郊のブローニュ=ビヤンクール(オー=ド=セーヌ県)に生まれた。 アントウェルペン(ベルギー)生まれの女優であった母ルイザ・コルパン (Louisa Colpeyn) とパリ生まれのイタリア系ユダヤ人の父アルベルト・モディアノ (Albert Modiano) は、1942年、ナチス・ドイツ占領下のパリで出会い、1944年にムジェーヴ(フランス南東部オート=サヴォワ県)で結婚した(ただし、ユダヤ人であったアルベルトは偽名を使い、合法的な結婚ではなかった)。 パトリックが生まれたのは第二次世界大戦におけるドイツ降伏(戦勝記念日)の2か月後であった。 2年後の1947年に弟リュディが生まれたが、1957年、10歳で白血病のため他界した。パトリック・モディアノは処女作を含む初期の7作を弟リュディに捧げており、2005年に発表した自伝小説『血統書 (Un pedigree)』でも、この本に書かれている出来事で「弟の死ほど私の心に深く刻まれているものはない」と書いている。

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