
Parc des Princes
日別に見る
この人は?
パルク・デ・プランス(仏: Parc des Princes フランス語発音: [paʁk de pʁɛ̃s])は、フランス・パリ16区にあるサッカー専用スタジアム。スタッド・ジャン=ブーアンやスタッド・ローラン・ギャロスの付近に位置している。 収容人数は47,929人で、1974年よりパリ・サンジェルマンFCがホームスタジアムとして使用している。なお、1998年以前は、サッカーフランス代表とラグビーフランス代表もホームスタジアムとして使用していた。全席着席方式のスタジアムで、四方向のスタンドに囲まれている。 設計はフランス人建築家のロジャ・タイリベールとイラン人建築家のシアヴァシュ・テイモウリによって行われ、建設には9,000万フランが投じられ、1972年5月25日にオープンした。なお、それ以前にも1897年に初代、1932年に2代目のスタジアムが建設されており、現在のスタジアムは3代目である。 このスタジアムにおけるサッカーの観客動員記録は1983年のUEFAカップウィナーズカップにおける準々決勝第1戦のパリ・サンジェルマン対KワーテルシェイSVトール・ヘンクにおける49,575人だが、1989年ファイブネーションズチャンピオンシップのフランス対ウェールズ戦で50,370人の観客を記録しており、これが全体での最多動員記録である。 歴史 初代 (1897 - 1932) スタジアムのある地域は、フランス革命以前は王室の森林公園であった(スタジアム名にパルクが含まれるのはこのためである)。従前は研究所であった。 1897年に周長666mの長円形スタジアムとして誕生した。当時はスタッド・ヴェロドローム・デュ・パルク・デ・プランスと呼ばれていた。この初代スタジアムには3,000以上の座席と728ヤードのトラックが整備されていた。しかしながら構造が劣悪だったため、同年のこけら落しとなる7月18日には一般の観客は入ることができなかった。このままでは自転車競技場としての機能を果たせないと考えた、ツール・ド・フランスの生みの親である、アンリ・デグランジュの意向により、1903年から1967年まで同レースの最終ゴール地点と定めた。また、1900年UCIトラック世界選手権大会でも使用された。 1903年には初めてサッカーの試合が行われ、イングランド代表対パリの一流選手で構成されたチームの試合が行われた。また、1905年にはフランス代表対スイス代表の試合も行われた。1906年にはラグビーフランス代表がニュージーランド代表と対戦した。