
P・T・バーナム
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フィニアス・テイラー・バーナム(Phineas Taylor Barnum、1810年7月5日 - 1891年4月7日)は、アメリカ合衆国の興行師。その愉快な「ホラ話」(hoax)と、サーカス(後のリングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・サーカス)の設立で知られる。 キャリア初期 コネチカット州ベサルが出生地。宿屋、仕立て屋、店主であるフィロ・バーナム(1778年 - 1826年)とフィロの2番目の妻アイリーン・テイラーの息子として生まれ、雑貨店、書籍競売業、不動産投機、州全体の宝くじネットワークなど、いくつかの事業を経営していた。1831年にコネチカット州ベセルで『ヘラルド・オブ・フリーダム』という週刊新聞を創刊。地元教会の長老たちに対する彼の社説は名誉毀損訴訟と起訴につながり、2か月間投獄された。その際に助けを求めたLFWアンドリュース牧師と共同で『自由の使者』と『福音の証人』という新聞を発行。彼らは1年後の1833年10月に共同経営を解消し、その後バーナムは新聞の発行をコネチカット州隣のダンベリーに移した。 1834年11月、バーナムは『ヘラルド・オブ・フリーダム』を160号発行した後、義理の兄弟であるジョン・W・アマーマンにその経営権を譲り、アマーマンはコネチカット州ノーウォークでさらに1年間同紙を発行した。アマーマンが同紙をジョージ・テイラー氏に売却したことにより、バーナム家と『ヘラルド・オブ・フリーダム』とのつながりは終わった。 バーナムは1834年に店を売却。ニューヨーク市へ移住。1835年にジョージ・ワシントンの元乳母で161歳との評判があった盲目の黒人奴隷のジョイス・ヘスを雇い、興行師としての仕事を始めた。バーナムは、このヘスが160歳を超えた老婆というのは実はペテン(原文:humbag)であり、実際にはゴムで作られ触るとクジラのヒゲのゼンマイの力で動くオートマタ(自動人形)なのだといった凝った宣伝を行い、アメリカにおける巡業を成功させる。