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ネロ

ネロ(Nero)

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ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス(羅: Nero Claudius Caesar Augustus Germanicus, 37年12月15日 - 68年6月9日)またはネロ・クラウディウス・カエサル・ドルスス・ゲルマニクス(Nero Claudius Caesar Drusus Germanicus)は、ローマ帝国の第5代皇帝。 経歴 誕生から即位まで 小アグリッピナとグナエウス・ドミティウス・アヘノバルブスの息子として37年に生まれる。 父はマルクス・アントニウスと小オクタウィアの娘大アントニアとルキウス・ドミティウス・アヘノバルブスの息子であり、母は初代皇帝アウグストゥスの孫大アグリッピナとゲルマニクスの娘であった。 生まれた時の名前はルキウス・ドミティウス・アヘノバルブス(Lucius Domitius Ahenobarbus)である(しかしながら、以下混同を避けるため「ネロ」の名称で通す)。 カリグラが帝位を継承した37年に産まれるが、まもなく父グナエウスが40年に死去し、母小アグリッピナもその妹ユリア・リウィッラと共にカリグラによって追放される。父グナエウスの遺産はカリグラに没収され、ネロは叔母のドミティア・レピダのもとで育てられた。3年後にカリグラが暗殺され、伯父のクラウディウスが擁立されて第4代ローマ皇帝となると、彼によって小アグリッピナはローマに戻ることを許された。 クラウディウスには皇后メッサリナとその間に息子のブリタンニクスがいたが、48年にメッサリナがガイウス・シリウスとの重婚および反逆の罪に問われると、後妻として小アグリッピナがクラウディウスの皇妃の座に納まった。母の計略により、ネロはクラウディウスの継子から養子となる。 この時点で名前がネロ・クラウディウス・カエサル・ドルーススとなった。ネロはサビニ族の言葉で「果敢な男」を意味し、クラウディウス氏族に名乗る者が多かった。ユリウス=クラウディウス朝一門にも伝統的な名である。 皇帝クラウディウスの側近パッラスや母の采配により、ブリタンニクスの姉オクタウィアとネロとの婚姻が成立すると、ブリタンニクスは徐々に疎外され、ネロの存在が際立つようになる。そして年少のブリタンニクスよりも後継者に相応しいとさえ見られるようになり、ブリタンニクスより先に即位する確約を得た。クラウディウスが54年に死去すると、16歳のネロが即位して皇帝になる。

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