
ムアンマル・アル=カッザーフィー(Muammar Gaddafi)
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ムアンマル・アル=カッザーフィー(アラビア語: معمر أبو منيار القذافي, muʿammar ʾabū minyār al-qaḏḏāfī, 1942年6月7日 - 2011年10月20日)は、リビアの軍人・革命家・政治家、大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国(社会主義人民リビア・アラブ国)の元首、指導者。日本では一般にカダフィ大佐という呼称で知られている。 1969年のリビア革命で政権を樹立してから、長期に渡って政権を維持したが、2011年リビア内戦によってカダフィ政権は打倒され、カッザーフィーは反カッザーフィー派部隊によって2011年10月20日に殺害された。 1993年から2009年までは、1リビア・ディナール紙幣や50リビア・ディナール紙幣にカダフィの肖像が使用されていた。 名称表記 称号は「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国の最高指導者及び革命指導者」(زعيم وقائد الثورة في ليبيا, zaʿīm wa-qāʾid al-ṯawrah fī lībiyā, ザイーム・ワ=カーイド・ッ=サウラ・フィー・リービヤー)、「敬愛なる指導者」(الأخ القائد, al-aḫ al-qāʾid, アル=アフ・ル=カーイド)。 カッザーフィーの名称は世界各国で実に多様な綴りで表される。アラビア語リビア方言での一般的な発音に従うならばガッダーフィ(Gaddafi)であり、アルジャジーラなどではこの表記を採用している。カッザーフィー自身は、1986年にアメリカの学校に宛てた書簡では El-Gadhafi と署名している。しかし彼の公式ウェブサイトの各言語版では、El Gathafi 、Al Gathafi など複数の表記が見られた。国際連合安全保障理事会では、「カダフィ、ムアンマル・ムハンマド・アブミンヤール(Qadhafi, Muammar Mohammed Abu Minyar)」の名で本人特定をしている。 日本では「カダフィ大佐」という呼び名が一般的である。特に新聞などのメディア報道では「カダフィ大佐」という呼称がされている。明仁天皇とカッザーフィーが慶事等で祝電、答電を送り合う場合、日本語では「リビア国革命指導者カダフィ閣下」と表記され、彼自身の公式ウェブサイト(#外部リンク参照)日本語版でも敬称は「閣下」であった。