
ムハンマド・ムルシー(Mohamed Morsi)
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ムハンマド・ムハンマド・ムルシー・イーサー・エル=アイヤート(アラビア語: محمد محمد مرسي عيسىمُحَمَّد مُحَمَّد مُرْسِي عِيسَى العَيَّاط, ラテン文字転写: Muḥammad Muḥammad Mursī ʻĪsá alʻAyāṭ エジプト・アラビア語発音: [mæˈħæmmæd ˈmoɾsi ˈʕiːsæ (ʔe)l.ʕɑjˈjɑːtˤ]、1951年8月20日 - 2019年6月17日)は、エジプトの学者、政治家。学位は工学博士(南カリフォルニア大学・1982年)。名前について日本語メディアは、モルシやムルシ、一部中東専門家はムルスィーと表記している。人民議会議員として自由と公正党の党首を務めた。 概要 アラブの春における民主化後では最初となるエジプト大統領に選出されるが、政教分離などの世俗的な価値観が浸透していた にもかかわらずイスラム主義に基づいた統治を進めた結果、モハメド・エルバラダイら国内の世俗派から強い反発を受けた。政権後半にはイスラム主義に基づいた新憲法制定を目指した事で大規模な反政府運動が発生し、最終的に政権担当能力を疑問視したアブドルファッターフ・アッ=シーシー国防大臣らによるクーデターにより解任され、身柄を拘束された(2013年エジプトクーデター)。その後死刑判決を受けるも、2016年11月の最高裁判決で死刑判決が事実上覆り、2017年終身刑にあたる禁錮20年の判決が下った。2019年6月17日に法廷の審問後に倒れ死去。67歳没。 経歴 生い立ち シャルキーヤ県アル=アドワ村の農家に生まれる。1975年にカイロ大学工学部を卒業後、1978年に同大学で工学修士、1982年に南カリフォルニア大学において工学博士を取得。1982年から1985年までカリフォルニア州立大学ノースリッジ校の助教授となり、その間、エンジニアとしてアメリカ航空宇宙局(NASA)に勤務しスペースシャトルの開発業務に助手として参加していたこともある。1985年にエジプトに帰国しザガジグ大学の教授となり、2010年まで務めた。 2000年の人民議会選挙において無所属で当選し、2005年までムスリム同胞団議員団長を務めた。2011年の革命後にムスリム同胞団が母体となって設立された自由と公正党の党首に選ばれる。 2012年大統領選挙 エジプト革命後に行われる大統領選挙には当初、自由と公正党は同胞団副団長だったハイラト・シャーテルを擁立した が、シャーテルは2011年3月に服役を終えたばかりであった。大統領選挙出馬のためには刑期終了から6年以上経過している必要があるとして失格とされ、異議申し立ても却下された。