
莫言(Mo Yan)
グアン・モエ、ヤン・モー
日別に見る
この人は?
莫言(ばく げん、モー・イエン、1955年2月17日 - )は、中華人民共和国の作家。中国共産党員。本名は管謨業(かん ぼぎょう、グワン・モーイエ)。 人物 1955年2月17日、山東省高密市で農民の子として生まれる。本名は管謨業。 筆名の「莫言」は「言う莫(なか)れ」を意味する。莫言は幼少期から非常に話好きで、母はこの事を非常に心配し何度も言葉を慎むようにと注意していた。しかし、人前に出ると一向に話が止められない莫言は、母の忠告に背いてしまう事の後悔から筆名に言う莫れの意味を込めて「莫言」と名付けた。 幼少期の生活と創作動機 莫言の幼少期は1500万~4000万の犠死者が出たとされる毛沢東の大躍進政策(1958~61年)と重なっており、彼自身も飢餓に苦められていた。当時の体験について次のようなエピソードを語っている。 ・樹上の葉を食べ、それが無くなると樹皮、樹皮を食べつくすと樹の幹をかじって空腹をしのいだ。 ・小学校に馬車一台分の石炭が運ばれてきた際、皆で群がり石炭を食べた。その石炭は咬めば咬むほど美味しく、それを見た村の大人たちも小学校に押しかけ食べ始め、奪い合いが起きた。 ・一切れの豆糟玉欲しさに子供たちで村の食料保管係を囲み犬の鳴き声を真似、保管係が豆糟玉を遠くに放り投げた瞬間、皆で一斉に駆け出し奪い合うなど、人格の尊厳を失ってまで食料を求めていた。 1967年、文化大革命により小学校を5年で中退。中退後は毎日放牧をして過ごしていたため、話し相手は牛と雲、野鳥のみであった。莫言は自身の話好きを、この放牧時代についたものだと語っている。 莫言の作家になろうという決意はこの幼少期の飢餓と孤独からきている。 2000年3月のスタンフォード大学における講演では、創作の動機について述べた。莫言の隣人の1人に、反革命派とみなされ大学を退学、農村に送り出された学生がいた。莫言の過酷な農村暮らしと辛い労働の中で、最大の楽しみはその学生と食べ物の話をすることであった。ある日、老人が彼らに餃子の話をし、それを聞いていた学生が莫言に「知り合いの作家が本を一冊書いて数千万の原稿料を貰い、毎日3回餃子を食べている」と話した。莫言はそれを聞いて「作家になりさえすれば1日に3度も餃子が食べられる、なんと幸せな人生であるか」と思い、大きくなったら必ず作家になろうと決意したという。 しかし、彼はその後人民解放軍に入隊し、執筆活動には至らなかった。入隊から5年が経ったある日、隊員としての生活に将来の望みがなく退屈で、かつ暇だという思いを抱き、小説を書き始めた。これが彼にとって第2の創作動機である。この時の彼の執筆の目的は、原稿料を稼ぎ腕時計を買いたい、名誉欲を満足させたいというものに変わっていた。
経歴
- 1955Born
- 2005Won International Nonino Prize
- 2006Won Fukuoka Asian Culture Prize
- 2012Won Nobel Prize in Literature
- 2015Won honorary doctor of the Aix-Marseille University
- Won honorary doctor of the Chinese University of Hong Kong
- Notable work: Red Sorghum
- Notable work: The Republic of Wine
- Notable work: Life and Death Are Wearing Me Out
- Notable work: Big Breasts and Wide Hips
- Notable work: A Wonderful Work of Literature Eulogizing Human Life: On Reading Frog,a Novel by Mo Yan
豆知識
- •Place of birth: Gaomi
- •Citizenship: People's Republic of China
- •Known as: writer, novelist, teacher, screenwriter