
ミット・ロムニー(Mitt Romney)
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ウィラード・ミット・ロムニー(英語: Willard Mitt Romney, 1947年3月12日 - )は、アメリカ合衆国の政治家、実業家。マサチューセッツ州知事や連邦上院議員(ユタ州選出)を歴任し、2012年大統領選挙では共和党の大統領候補となった。 来歴 1947年3月12日にミシガン州デトロイトにて、後にミシガン州知事となるジョージ・ロムニーの次男として誕生した。主にイングランド系の血を引き、僅かにスコットランドとドイツの血を引く 。正式のファーストネームであるウィラードは、家族ぐるみの付き合いがあった実業家のJ・ウィラード・マリオットから、ミドルネームで通称として用いているミットは、父であるジョージのいとこでNFL選手であったミルトン・ロムニーの通称から取られている。 父親からの教育で「公に尽くす」ことを旨とする。父はアメリカン・モーターズを再生に導いた実業家でもあったが、自身も若い頃から大きな会社、特にゼネラルモーターズの経営者となることを夢見ていたという。 ミシガン州の男子高校クランブルック・スクールを卒業後スタンフォード大学に進学するが、間も無くフランスに渡り、パリとボルドーで2年間末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師として伝道活動に従事した。この期間にポーで交通事故に逢い、瀕死の重傷を負っている。帰国後ユタ州のブリガムヤング大学を最優等(Summa Cum Laude)で英語の学位を取得して1971年に卒業した。ハーヴァード大学のビジネス・スクール・ロー・スクールのジョイント・プログラムで経営学修士・法務博士号を取得した。ビジネス・スクールでは上位5パーセントの成績優秀者に与えられるベーカー・スカラーを得て、ロー・スクールは優等(Cum Laude)で修了した。 卒業後引く手数多だったロムニーはマサチューセッツに残り、ボストン・コンサルティング・グループでビジネス・コンサルタントとしてのキャリアをスタートした。1978年にベイン&カンパニーに移りモンサント、アウトボードマリン、バーリントン・インダストリー、コーニングといった企業を手がける中で、ヴァイスプレジデントでありながらシニアパートナーらを凌ぐトップ・コンサルタントとなった。 1984年にはPEファンドのベインキャピタル社を共同で設立。当初はベンチャー・キャピタルとして、後にはLBOを駆使するバイアウト・ファンドの草分けとして多くの事業を手がけ、ロムニーがトップであった14年間に年平均IRR113パーセントという驚異的な収益を得るなど、同社を世界有数のファンドに育て上げた。1990年には経営危機に陥っていた古巣ベイン&カンパニーに請われてCEOとして復帰し1年で経営再建に成功した。