
ミロスラフ・クローゼ(Miroslav Klose)
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ミロスラフ・クローゼ(Miroslav Klose, 1978年6月9日 - )は、ポーランド・オポレ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはFW。ポーランド語の表記法ではミロスワフ・クローゼ (Mirosław Klose) 。愛称はミロ。 FIFAワールドカップにおける通算得点数の歴代最多記録をもっている。また、ドイツ代表での出場試合数は歴代2位、得点数は歴代最多。 生い立ち ポーランド・シレジアのオポレで生まれた。父はAJオセールなどでプレーし、ポーランド代表経験も持つ元サッカー選手ユゼフ・クローゼ (Józef Kloze) 、母はポーランド代表で82試合出場した元ハンドボール選手バルバラ・イェジュ (Barbara Jeż) 。妻はポーランド出身のポーランド人。祖父のエルヴィン・クローゼ(Erwin Klose)はシレジア(ドイツ語シュレージェン、ポーランド語シロンスク)地方出身のドイツ人で、第二次大戦後にシレジアがドイツ領からポーランド領となってから(旧ドイツ東部領土参照)もそのまま定住した。家庭ではドイツ語でなくポーランド語で話している。若い頃に大工の資格を取得しており、アルバイト経験もある。 クラブ経歴 9歳でドイツに移住し、7部リーグに所属する小さなクラブ、ブラウバッハ=ディーデルコップフ(SG Blaubach-Diedelkopf)やFC08ホンブルクでアマチュア時代を過ごす。 カイザースラウテルン時代 1999年にブンデスリーガ・1.FCカイザースラウテルンのサテライトチームに移籍し、2000年4月にプロデビュー。翌シーズンには計11得点を挙げた。2001-02シーズンには16得点の成績で、チームはUEFAカップ準決勝まで進出した。 2002-03, 2003-04シーズンは少し調子を落としたが、一定の成績は残した。 ブレーメン時代 2004年7月1日に移籍金500万ユーロでヴェルダー・ブレーメンへ移籍するとこれが転機となり復活した。クロアチア代表のイヴァン・クラスニッチと2トップを組み、2005-06シーズンには25得点を挙げ、ブンデスリーガ得点王となった。チームはDFLリーガポカールで優勝した。 バイエルン・ミュンヘン時代 2007年6月26日、移籍金1200万ユーロでバイエルン・ミュンヘンへ移籍した。2007-08シーズンにチームはDFBポカール優勝、ブンデスリーガ優勝、DFLリーガポカール優勝を果たした。 2009-10シーズンはマリオ・ゴメスが移籍してきたことやトーマス・ミュラーの台頭により、出場機会および得点数が減少した。しかしチームはDFLスーパーカップで優勝し、決勝で自身もゴールを決めた。