
ミシェル・ヨー(Michelle Yeoh)
このスターに新着があれば通知でお届け
日別に見る
この人は?
ミシェル・ヨー(Michelle Yeoh, 1962年8月6日 - )は、香港、ハリウッドで活躍する女優。中国系マレーシア人。本名は楊 紫瓊(Yeoh Chu Kheng)。旧芸名はミシェール・キング(Michelle King)またはミシェル・カーン(Michelle Khan)。 プロフィール マレーシアのイポーで、華僑の両親の間に生まれた。4歳からバレエを習い、15歳からロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ダンスに留学したが、17歳のころ怪我が元で断念し、演技と振付を学んで卒業した。マレーシアに帰国後、ミス・マレーシアに選ばれ、1983年のミス・ワールドに出場した。 1984年、ジャッキー・チェンと共演するCMで芸能デビュー。香港映画製作会社D&Bフィルムズ(德寶電影公司)と専属契約し、サモ・ハン・キンポー監督・主演作『デブゴンの快盗紳士録』で「ミシェル・カーン」の名で女優デビューした。1985年、初主演作『レディ・ハード 香港大捜査線』でアクション映画に挑戦。格闘技経験はなかったが、バレエ仕込みの身体表現で激しいカンフーアクションや危険なスタントシーンを演じ、レディ・アクションスターの先駆けとなった。1986年の『皇家戦士』では真田広之と共演した。 1988年、D&Bフィルムズの社長ディクソン・プーンと結婚したのを機に女優を引退したが、3年後に離婚。1992年、ジャッキー・チェンとの共演作『ポリス・ストーリー3』で復帰した。この映画では「走行中の貨物列車の屋根にオートバイで飛び乗る」というスタントを代役なしで演じた。 1997年、『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』で「ミシェル・ヨー」としてハリウッドへ進出。ジェームズ・ボンドと対等に渡り合う「戦うボンドガール」として注目を浴びた。2000年、アカデミー賞外国語映画賞ほか4部門を受賞した『グリーン・デスティニー』ではアン・リー監督と出会い、演技面で大きな転機となった。 アクション映画で活躍する一方で、『宋家の三姉妹』『SAYURI』などの文芸映画、『クレイジー・リッチ!』『ラスト・クリスマス』などのコメディ映画、『バビロンA.D.』『スタートレック:ディスカバリー』(TVドラマシリーズ)などのSF作品にも幅広く出演している。『カンフー・パンダ2』『ミニオンズ フィーバー』ではアニメ映画の吹替えを行った。 2004年、フェラーリF1チーム代表のジャン・トッドと婚約(事実婚)し、19年後の2023年7月に正式な婚姻を結んだ。トッドは2009年から2021年まで国際自動車連盟(FIA)会長を務めた。トッドの職務に付き添い、ヨーがサーキットに姿を見せることもある。