
マヤ・アンジェロウ(Maya Angelou)
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マヤ・アンジェロウ(Maya Angelou [ˈmaɪə ˈændʒəloʊ] ( 音声ファイル)、1928年4月4日 - 2014年5月28日)は、アメリカ合衆国の活動家、詩人、歌手、女優である。マヤ・アンジェルーと表記されることもある。本名は、マーガリート・アニー・ジョンソン(Marguerite Annie Johnson)。 マーティン・ルーサー・キング・ジュニアとともに公民権運動に参加。1993年、ビル・クリントンのアメリカ合衆国大統領就任式にて自作の詩を朗読した。2011年、大統領自由勲章を受章。2014年5月28日、86歳で死去。代表作は、自伝の『歌え、翔べない鳥たちよ』。 2018年4月4日のGoogle Doodleは彼女の生誕90年を記念したものとなった。 来歴 初期 マーガリート・アニー・ジョンソンは1928年4月4日、ミズーリ州セントルイスに、父のベイリーと母ビビアン(旧姓バクスター)のジョンソン夫妻第2子として生まれた。父はドアマンと海軍栄養士を兼務し、母ビビアンは看護師のかたわらカードディーラーの仕事をこなした。あだ名のマヤ(Maya)で呼び始めたのは兄のベイリー・ジュニアで、本名のマーガリート(Marguerite)をマイ(My)、「マイヤ・シスター」(Mya Sister)などと呼ぶうちにマヤに落ちついた。 両親の「悲惨な結婚」が終焉を迎えたとき、まだアンジェロウは3歳、兄は4歳と幼く、両親は二人を父方の祖母アニー・ヘンダーソンに預けることにして、アーカンソー州スタンプ行きの電車に子ども二人きりで乗せた。当時、世相は大恐慌に続く第二次世界大戦の陰が濃く、同じアメリカ国民でもアフリカ系の人々は他の人種よりも不況の煽りを受けており、祖母アニーは生活必需品を商うよろず屋を切り盛りする「驚異的な例外」であったばかりか、経済感覚を発揮して身持ちを固め「実直で賢明な投資」で安定した暮らしを送っていた。 祖母に育てられて4年が過ぎたある日、父ベイリーが「なんの前触れもなくスタンプに現れ祖母の家に居座って」、自分たちを母ビビアンのいるセントルイスへ追いやったという。8歳のアンジェロウは母の家で過ごす日々、同居していたフリーマンという母の男友達に強姦など性的虐待を受け、兄にそれを打ち明けた。兄から事情を聞いた親戚はフリーマンを警察に突き出し、有罪判決は下ったものの、たった1日の投獄で赦免されたという。出牢から4日後にフリーマンは落命、おそらく兄妹のおじたちが手を下して命を奪ったとささやかれた。