
マリオ・モンティ(Mario Monti)
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マリオ・モンティ(イタリア語: Mario Monti、1943年3月19日 - )は、イタリアの経済学者、政治家。終身上院議員。同国閣僚評議会議長(首相に相当)を務めた。このほか首相就任以来2012年7月まで経済財務大臣を兼任したほか、2期連続で欧州委員会委員を、またミラノにあるボッコーニ大学の学長及び総長を務めた。 経歴 1943年、イタリア王国ロンバルディア州ヴァレーゼに生まれた。 ボッコーニ大学より経済と経営の学位を得た。イェール大学ではジェームズ・トービンの元で大学院研究を終えた。 1970年から1985年までトリノ大学で経済を教え、ボッコーニ大学に移った。そこでは1989年から1994年まで学長を、1994年からは総長を務めている。彼の研究は、独占的な状況下における銀行の振る舞いの詳細な記述を目的とした、いわゆる「クライン・モンティ・モデル」を作り出すことに貢献した。 モンティは2005年に設立されたヨーロッパのシンクタンク、ブリューゲルの初代議長である。また1973年にデイヴィッド・ロックフェラーによって設立されたシンクタンク日米欧三極委員会のヨーロッパ委員長を務め、ビルダーバーグ会議の主導的メンバーでもある。またゴールドマン・サックスとザ コカ・コーラ カンパニーの国際的顧問である。 欧州連合 1994年に第1次シルヴィオ・ベルルスコーニ政権においてエンマ・ボニーノと共同で欧州委員会のイタリア委員に任命される。1995年からの欧州委員会委員として、域内市場・サービス担当、関税・課税担当を務めた。 4年後の1999年、欧州委員会の委員長にロマーノ・プローディが就任し、マッシモ・ダレマ政権はモンティを再び委員に任命した。2期目は競争政策担当となり、マイクロソフトに対する独占禁止の手続きを開始。また2001年には、ゼネラル・エレクトリックとハネウェルの間で持ち上がった合併計画の調査を主導し、欧州委員会は最終的に合併を阻止している。このような働きぶりから、一貫して切れ者という評価で通っており、「スーパーマリオ」と渾名された。2004年に第2次ベルルスコーニ政権は欧州委員をモンティからロッコ・ブッティリオーネに交代させようとしたが、ブッティリオーネの過去の発言を問題視した欧州議会はこの推薦を拒否したため、政府はフランコ・フラッティーニを推薦し直した。