
マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)
マーガレット・ヒルダ・サッチャー, サッチャー首相, サッチャー
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マーガレット・ヒルダ・サッチャー(英語: Margaret Hilda Thatcher、1925年10月13日 - 2013年4月8日)は、イギリスの政治家。首相(第71代)、教育科学相、庶民院議員(9期)、貴族院議員、保守党党首(第15代)を歴任した。 ヨーロッパ及び先進国史上初の女性首相であり、サッチャリズムにおける新自由主義等、その思想信条への一貫性を貫く一見強硬な政治姿勢から「鉄の女(Iron Lady)」の異名を持つ。 来歴 生い立ち イングランドのリンカンシャー州グランサムにて、食糧雑貨商の家に生まれる。父のアルフレッド・ロバーツは地元の名士であり、市会議員を務めた経験もあった。住まいは店の二階にある三部屋と台所のみ、浴室とトイレは中庭にあり他の家族と共用という当時のイギリスの中流階級の一般的な家だった。生家は代々メソジストの敬虔なクリスチャン家庭で、父のアルフレッドも教会で説教師の仕事をしており、毎週日曜日にはサッチャーも家族と一緒に教会に行っていた。アルフレッドはジョン・ウェスレーの教えを元にサッチャーを教育し、子供時代に培った「平等・公平さ」「個人の自由」「質素倹約」「自己責任・自助努力」といった精神は、政治家サッチャーにも受け継がれた。サッチャーは父のことをとりわけ尊敬し、「人間として必要なことは全て父から学んだ」と述べている。 大学時代から研究者時代 1943年9月、オックスフォード大学に入学して化学を専攻し、1947年6月に同大学を卒業した。一方で大学時代にはフリードリヒ・ハイエクの経済学にも傾倒していた。この頃に培われた経済学に対する思想が、後の新自由主義(ネオ・リベラリズム)的な経済改革であるサッチャリズム(Thatcherism)の源流になった。 その後研究者の道に進み、ライオンズ社に就職した研究者時代にアイスクリームに空気を混ぜてかさ増しする方法を研究したことがある。コロイド化学が専門であり、両親媒性分子の研究を行っていた時期もある。 政界入り 庶民院議員・教育科学大臣 1950年2月、保守党から24歳の若さで庶民院議員選挙に立候補するが、落選した。翌1951年も同じ選挙区から出馬し落選。落選中の1951年12月に結婚。その後一旦政治活動から離れ、1954年6月に弁護士資格を取得する。また、この間に双子を出産した。 1959年に庶民院議員初当選を果たし、1970年6月からエドワード・ヒース内閣で教育科学相を務める。この時教育関連予算を削減する必要に迫られたサッチャーは、学校における牛乳の無償配給の廃止を決定。反対派からは「ミルク泥棒(Margaret Thatcher, Milk Snatcher)」と非難され、全国的な抗議を巻き起こした。
経歴
- 1925Birth
最近あったこと
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