
マルコム・X(Malcolm X)
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マルコムX(Malcolm X, 1925年5月19日 - 1965年2月21日)、出生名マルコム・リトル(Malcolm Little)は、アフリカ系アメリカ人の急進的黒人解放運動指導者、イスラム教導師である。公民権運動の時代に活躍し、特に貧困層のアフリカ系アメリカ人から支持された。彼はネーション・オブ・イスラムのスポークスマンだったが、後に教団を離脱した。 マルコムは、父親の死と母親の入院後、一連の児童養護施設や里親の家で青春時代を過ごした。彼は20歳から27歳まで服役したが、刑務所の中でネーション・オブ・イスラムに参加し、マルコムXという名前を採用した("X"はアフリカ系の先祖代々の名字が不明であることを象徴している)。マルコムXはその後12年間、組織の顔として活動し、黒人と白人の分離を提唱し、また非暴力と人種統合を重視するメインストリームの公民権運動を批判した。マルコムXは1950年6月29日に当時のトルーマン大統領に宛てた手紙のなかで「自分は以前から共産主義者であった」と記述して以降、連邦捜査局(FBI)の監視下にあった。 1960年代になると、マルコムXはネーション・オブ・イスラムとその指導者であるイライジャ・ムハンマド(英語: Elijah Muhammad)に幻滅し始めた。彼はその後、メッカへのハッジを完了した後、スンニ派イスラム教と公民権運動を受け入れ、エル・ハッジ・マリク・エル=シャバーズ(el-Hajj Malik el-Shabazz)として知られるようになった。 アフリカを横断した短い期間の後には、公然とネーション・オブ・イスラム放棄し、ムスリム・モスク・インク(MMI)とパン・アフリカ主義アフリカ系アメリカ人統一機構(OAAU)を設立した。1964年を通じて彼とネーション・オブ・イスラムの対立は激化し、彼は何度も死の脅迫を受けることとなった。1965年2月21日、マルコムXはニューヨークで暗殺された。3人のネーション・オブ・イスラムのメンバーが殺人罪で起訴され、無期懲役の終身刑が言い渡された。しかし銃撃後数十年にわたり、マルコムXの暗殺についてはネーションの指導者や他のメンバーあるいは政府によって考案されたのではないか、本当の実行犯は逮捕された3人ではなかったのではないか、などといった数々の仮説・推測が流れることとなった。そして55年を経て、2021年には実行犯とされた3人のうち、2人の冤罪が確定した。 彼の見解は物議を醸したが、自ら声を上げる勇気を持たないアフリカ系アメリカ人コミュニティからは敬愛された。彼らは彼を恐れを知らず揺るぎない指導者と見なしていた。