
M・ナイト・シャマラン
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M・ナイト・シャマラン(M. Night Shyamalan、本名: Manoj Nelliattu Shyamalan、1970年8月6日 - )は、インド系アメリカ人の映画監督・脚本家・映画プロデューサーである。代表作に『シックス・センス』『サイン』などがある。2008年、インド政府によりパドマ・シュリー勲章が授与された。 生い立ち インドのポンディシェリ連邦直轄領マーヒでヒンドゥー教徒の家庭に生まれる。母親は産婦人科医であった。生後6週間でペンシルベニア州フィラデルフィア郊外に移った。カトリック系の中学、高校に通い、1988年にニューヨーク大学の奨学金を手にした。シャマランはニューヨーク大学の芸術学部で学び、1992年に卒業した。その当時にシャマランはセカンドネームの「ナイト」をつけた。 シャマランは幼少の頃にスーパー8カメラを買い与えられ、早くから映画製作者を志望していた。父親は医学の道へ進むことを希望したが、母親はシャマランの意思を尊重した。シャマランはスティーヴン・スピルバーグに憧れ、17歳までに45本もの自主映画を撮った。その幾つかはDVDの映像特典として視聴することができる。 キャリア 1本目の映画は大学時代に家族や友人から資金を借りて製作した半自伝的ドラマ作品『Praying with Anger』であった。1992年9月12日にトロント国際映画祭で上映され、さらにイリノイ州ウッドストックで1週間だけ劇場で商業上映もされた。 1995年に第2作『翼のない天使』を脚本・監督したが、1998年まで公開されなかった。彼の両親はこの映画ではアソシエイト・プロデューサーであった。映画は限定公開され、600万ドルの製作費に対し、興行収入30万5704ドルを記録した。また同年シャマランはグレッグ・ブルッカーと共同で『スチュアート・リトル』の脚本を執筆した。 1999年には脚本・監督を務めた『シックス・センス』が商業的に成功をおさめ、アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞にノミネートされ、国際的な知名度を上げた。2000年公開の『アンブレイカブル』、2002年の『サイン』もまた興行的、批評的にも成功した。しかし監督6作目の『ヴィレッジ』(2004年)が賛否両論の評価となり、続く『レディ・イン・ザ・ウォーター』(2006年)は製作費7500万ドルを回収できずに興行的にも失敗し、評論家にも酷評され、さらにシャマランは第27回ゴールデンラズベリー賞で最低監督賞と最低助演男優賞を受賞した。2008年の『ハプニング』は興行的に成功するも、批評家の反応はまた低迷した。