
Míchel Salgado
フォローすると新着を通知でお届け
日別に見る
この人は?
ミチェル・サルガド (Míchel Salgado)ことミゲル・アンヘル・サルガド・フェルナンデス(Miguel Ángel Salgado Fernández, 1975年10月22日 - )は、スペイン・ガリシア州アス・ネベス出身の元サッカー選手、現サッカー指導者、実業家。現役時代のポジションはディフェンダー。元スペイン代表。 好きなアーティストはU2。既婚者であり、義父は元レアル・マドリード会長のロレンソ・サンスである。 クラブ経歴 セルタ・デ・ビーゴ ガリシア州ポンテベドラ県アス・ネベスに生まれた。1994年に地元のセルタ・デ・ビーゴの下部組織に入団し、1995年1月22日、レアル・マドリード戦(0-4)でプリメーラ・ディビシオン(1部)デビューした。1995-96シーズンまでにレギュラーに定着することができず、1996年夏にセグンダ・ディビシオン(2部)のUDサラマンカにレンタル移籍した。1998年2月、アトレティコ・マドリード戦でジュニーニョ・パウリスタに危険なバックチャージを仕掛け、その結果負傷したジュニーニョは6ヶ月間を棒に振って1998 FIFAワールドカップ出場も逃した。 レアル・マドリード 1999年7月1日、移籍金1100万ユーロでレアル・マドリードに移籍した。2000年代前半のクラブは銀河系政策と呼ばれる強化方針の元にスター選手を多数獲得しており、攻撃参加の得意な左サイドバックのロベルト・カルロスが脚光を浴びていたが、サルガドも豊富な運動量と献身的な守備でチームの土台を支えた。1999-2000シーズンはリーグ戦29試合に出場し、UEFAチャンピオンズリーグ優勝に貢献した。 2004-05シーズンまでは不動の右サイドバックとして多くのタイトル獲得に貢献したが、2005年夏にセビージャFCから若手のセルヒオ・ラモスが加入し、さらに2006年冬にはシシーニョが加わり、激しいポジション争いを演じた。セルヒオ・ラモスはセンターバックとして出場することが多かったが、シシーニョの加入直後に負傷して長期離脱を余儀なくされ、右サイドバックのポジションを明け渡した。