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李娜

李娜(Li Na)

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李 娜(り・な、リー・ナ、ピン音表記: Li Na, 1982年2月26日 - )は、中華人民共和国・湖北省武漢出身の元女子プロテニス選手。WTAランキング自己最高位はシングルス2位、ダブルス54位。WTAツアーでキャリア通算シングルス9勝、ダブルス2勝を挙げた。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。身長172cm、体重65kg。 アジア出身選手初のグランドスラムシングルス優勝者であり、アジア出身選手初のグランドスラムシングルス決勝進出者、中国人選手初のWTAツアー優勝者でもある。グランドスラム優勝2回・準優勝2回、WTAファイナルズ準優勝。 来歴 5歳で身長が120cmあった李娜は、6歳でバドミントンを始めた。しかし、バドミントンに必要な手首の可動域と手首の力が無く、必要以上に腕に力が入ったフォームだったため、目立った成績を残せずにいた。9歳の時に練習場を偶然通り掛かった市立テニススクールのコーチが、手首が固く腕力が強い李娜に目を留めた。コーチはバドミントンで鍛えられた李娜の素早いフットワークも気に入り、3ヶ月間テニスを試してもらいたいと申し出て、李娜の家族の合意を得た。テニスを始めた李娜はすぐに頭角を現し、バドミントンに戻る事はなかった。幼い頃のこの「転職」について李娜は次のように語っている。「私はバドミントンのコーチに『君の打ち方はテニスプレーヤーに似ている』と言われ、少しだけ試すつもりでテニスを始めた」 1999年にプロ入りし、その年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップの中国代表選手となったが、2002年7月に「ワールドグループ・プレーオフ」でロシアに5戦全敗で敗れた後、しばらくテニスから遠ざかった時期があった。当時のコーチが自身の出世欲から李娜に罵声を浴びせ続けたため、李娜の心はボロボロの状態になった。そのため、李娜はすでに中国国内ではトッププレーヤーではあったが、ケガを口実に20歳の時にラケットを置いた。しかしその2年後、平凡な大学生活を送る李娜に国家の方から代表に戻る打診があった。その4年後に北京五輪を控えていたからである。 2003年は全くプレーしなかったが、2004年5月に復帰してから急成長を始める。同年10月、李娜は予選選手の身分で広州国際女子オープンに参加し、決勝戦でスロバキアのマルチナ・スーハに6-3, 6-4 で勝ち、初めてWTAツアーのシングルス優勝のトロフィーを挙げた。これは女子中国人選手として史上初のWTAツアーのシングルス優勝であった。李娜は2005年の全豪オープンで4大大会にデビューし、第4シードのロシアのマリア・シャラポワとの3回戦まで進出した。2度目の4大大会出場だった全米オープンでは、1回戦で第2シードのアメリカのリンゼイ・ダベンポートと対戦するも敗れた。

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