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李宅根

李宅根(Lee Taek-keun)

イ・テックン

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李 宅根(イ・テックン、ハングル:이택근、1980年7月10日 - )は、大韓民国の釜山広域市出身の元プロ野球選手(外野手)。2008年北京オリンピック 野球 金メダリスト。 経歴 アマチュア時代 慶南商業高校時代から将来性・即戦力ともに評価が高く、高校生捕手としてスカウトから目をつけられていたが、高麗大学校へ進学。1年生時にはオーストラリアで開催されたIBAFインターコンチネンタルカップに出場。 2001年にIBAFワールドカップ(台湾主催)や翌2002年には大学野球世界一を決める世界大学野球選手権大会(イタリア主催)にも代表に選出された。 同年の2次ドラフトで指名され、現代ユニコーンズに入団した。 第一次ネクセン時代 1年目からユニコーンズにとって貴重な捕手と外野との控えとして、101試合出場、打率.278など堅実な働きを見せた。2、3年目は試合出場は減ったが、それでも3年目は規定打席未満でありながら、.331の高打率を残す。 入団時のポジションは捕手だったが、チームは絶対的な正捕手の金東洙がいて、レギュラー取りのチャンスを得ることはできなかった。元々、打力と俊足があり、主砲の沈正洙がFAで三星ライオンズに移籍したため、2006年より外野手にコンバート。シーズンはライトに定着し、初めて規定打席に到達した。リーグ2位の.322の打率を記録するとともに、ゴールデングラブ賞を初受賞。 2008年は4月24日起亜戦で7打席連続(4安打・3四球)で出塁しプロ野球最多出塁記録を樹立。ムラが少ない打撃技術を買われて、北京オリンピック野球韓国代表に抜擢された。 代表チームでは外野の控えメンバーとして主に代走として起用される場面が多かったが、初戦の対アメリカ合衆国戦で9回の裏、代走で出場。相手投手の牽制悪送球を誘い、三塁まで進んだ後、李鍾旭の外野フライでサヨナラの得点を挙げた。 2009年の第2回WBC韓国代表にも抜擢された。大会中は、代走や守備固めとしての起用が多くこれといった活躍はなかった。 シーズンは4年連続3割を残し、自身初となる40盗塁以上を記録し、さらなる成長を遂げた。 LG時代 同年12月、資金難のソウル・ヒーローズは25億ウォンに無名選手の朴永福・姜秉友をつけてもらい、彼をLGツインズへと交換トレードをすることにした。しかしヒーローズのKBOへの加入金をめぐる問題などもあり、一時このトレードの承認は留保されたが、加入金問題の解決もあって同月末移籍が承認された。

経歴

  1. 1980
    Born
  2. 2003
    Joined Hyundai Unicorns
  3. 2008
    Joined Kiwoom Heroes
  4. 2010
    Joined LG Twins
  5. 2012
    Joined Kiwoom Heroes

豆知識

  • Place of birth: Busan
  • Citizenship: South Korea
  • Known as: baseball player
  • Sport: baseball

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