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李承燁

李承燁(Lee Seung-yuop)

李承ヨプ, イ・スンヨプ

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李 承燁(イ・スンヨプ、1976年8月18日 - )は、大韓民国の大邱広域市出身の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者。左投左打。現在は読売ジャイアンツで打撃コーチを務める。 1995年から2003年、および2012年から2017年にKBOリーグのサムスン・ライオンズで活躍し、2004年から2011年にかけては日本プロ野球 (NPB) の千葉ロッテマリーンズ、読売ジャイアンツ(巨人)、オリックス・バファローズの3球団でもプレーした。韓国では「国民的打者」の愛称で知られ、国際大会でも約10年間にわたって韓国代表の主軸打者として活躍した。韓国プロ野球で放った通算467本塁打は歴代2位、背番号36はサムスンの永久欠番である。 オリンピックでは韓国代表として、2000年シドニーオリンピックで銅メダル。2008年北京オリンピックで金メダルをそれぞれ獲得している。 上記「国民的打者」のほか、韓国では「アジアの大砲」「球帝」「ライオン・キング(人物の項参照)」「56発男」「解決者」といった愛称がある。 経歴 プロ入りとサムスン時代 韓国・大邱広域市出身、1995年に慶北高等学校卒業後、サムスン・ライオンズに投手として入団したが、高校時代に傷めた左肘が完治せず、白仁天の勧めで打者に転向し、王貞治を真似た一本足打法にフォームを改造。 1997年に初の本塁打王を獲得した。同年から一度サムスンを退団する2003年までの7年間で、1998年と2000年を除く5シーズンで本塁打王を獲得した。 1998年も8月の一時期は本塁打王争いを繰り広げていた斗山ベアーズのタイロン・ウッズに本塁打数で7本差をつけてリーグトップに立っていたが、ウッズは真夏に入って本塁打を量産するようになった一方、李はスランプに陥り、9月13日には37本塁打で並ばれる。最終的にはウッズが当時の韓国プロ野球記録となるシーズン42本塁打と103打点を記録し、本塁打王・打点王の二冠王を獲得した一方、李は38本塁打で無冠に終わった。この件を受け、李は「ウッズに負けたのではなく、自分自身に負けた」と語っている。しかしゴールデングラブ賞の一塁手部門には、同年の最優秀選手 (MVP) を獲得したウッズではなく、李が選出された。 1999年には、8月2日に開催されたシーズン99試合目の対ロッテ・ジャイアンツ戦(大邱市民運動場野球場)で、文東煥から43号本塁打を放ち、前年にウッズが記録したシーズン本塁打記録を更新、最終的には54本塁打を記録した。同年には日韓プロ野球スーパーゲームにも出場した。また、シドニーオリンピック予選を兼ねたアジア野球選手権にも出場し、日本戦で本塁打を放った。この年から「ライオンキング」や「国民的打者」の愛称が定着し始めた。

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