
ローレンス・ブラッグ(Lawrence Bragg)
ウィリアム・ローレンス・ブラッグ, ローレンス・ブラック
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ウィリアム・ローレンス・ブラッグ(William Lawrence Bragg、1890年3月31日 - 1971年7月1日)は、オーストラリア生まれのイギリスの物理学者。現代結晶学の創始者のひとり。X線回折を用いて物質の構造を研究した。1915年、25歳の時に、父であるヘンリー・ブラッグと共にノーベル物理学賞を受賞。キャヴェンディッシュ研究所所長を務めていた1953年2月、同研究所のジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックがDNAの構造を解明した。 生涯 学生時代まで オーストラリアのアデレードに生まれる。感受性の強い少年で、科学と数学に早くから興味を示した。父はアデレード大学で物理学と数学の教授を務めていたヘンリー・ブラッグ。5歳のときに三輪車で転んで腕を骨折し、父がその直前に知ったヴィルヘルム・レントゲンによるX線の発見を思い出し、検査に用いた。これはオーストラリアにおけるX線の医学的応用の最初の例という。 ブラッグは優秀な学生だった。1904年、14歳でアデレード大学に進学し、数学・化学・物理学を学び、1908年に卒業。同年、父がリーズ大学での教授職を提供され、一家でイングランドに戻った。ブラッグは1909年の秋にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学したが、肺炎を患って病床にいたため試験を受けなかったにもかかわらず、数学の奨学金を授与された。当初は数学に才能を発揮していたが、物理学に転向して1911年に首席で卒業。1914年にはトリニティ・カレッジのフェローシップに選ばれた。トリニティ・カレッジのフェローシップは、論文の提出や試問に関わる。 経歴 X線結晶学の研究 ブラッグは、結晶によるX線回折についての法則「ブラッグの法則」でよく知られている。これにより、結晶格子で回折したX線ビームから結晶内の原子の配置を計算できるようになった。これを発見したのは1912年で、彼がケンブリッジで研究生として過ごした最初の年のことである。彼はそのアイデアを父に話し、父はリーズ大学でX線分光計を開発した。この装置により、様々な結晶の分析が可能になった。 音響測位の研究 第一次世界大戦中は軍事研究を行ったが、まもなく1915年に父とともに25歳でノーベル物理学賞を受賞した。この受賞当時の25歳という年齢は物理学賞のみならず、全5部門(後にノーベル経済学賞が1968年に創設されて以降は全6部門)を通しても史上最年少記録として知られていた。2014年にマララ・ユスフザイが17歳でノーベル平和賞を受賞するまで99年間に亘って史上最年少記録を維持し続けていた大記録である。記録を抜かれた現在においても総合では史上2位の記録であり、自然科学系の受賞者としては現在も史上最年少記録である。
経歴
- 1890Born
- 1948Won Roebling Medal
- 1966Won Copley Medal
- 1971Passed away
- Member of Royal Society
- Member of German Academy of Sciences at Berlin
- Member of Royal Swedish Academy of Sciences
- Won Fellow of the Royal Society
- Won Military Cross
- Won Officer of the Order of the British Empire
- Notable work: X-ray diffraction
豆知識
- •Place of birth: Adelaide
- •Citizenship: United Kingdom, Australia
- •Known as: mathematician, physicist, university teacher, crystallographer
- •Spouse: Alice Grace Jenny Hopkinson