
Kumi Mizuno
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水野 久美(みずの くみ、(1937年〈昭和12年〉1月1日 - )は、日本の女優・タレント。本名は五十嵐 麻耶。高瀬プロダクションを経てオフィスPSCに所属。 来歴・人物 新潟県三条市出身。実家は写真館を経営。新潟県立三条東高等学校卒業。 実家の隣が「三条座」という劇場であったことから、江利チエミや美空ひばりのショーや歌舞伎の演目などを観劇しているうちに役者を志すようになった。シェイクスピア悲劇『リア王』のコーディリア姫役を中学で演じ、本物の涙を流す演技をしたことでますます「舞台への思い」が強くなり、高校在学中には演劇部に所属し、『源氏物語』の「末摘花」などの発表会では3年連続でヒロイン役を演じたほか、ティーンエイジャー向け雑誌・ジュニアそれいゆ主催によるミス・ジュニアそれいゆで1位に選出された。 1955年、同郷の先輩で映画監督の家城巳代治の弟子であった脚本家の「寺田信義」に相談をしたところ、基礎的な部分をまずは磨かなくてはだめ、というアドバイスを受け、劇団俳優座の養成所を受験し、7期生として所属する。同期には、俳優の田中邦衛や山本學などがいた。 1957年、松竹映画『気違い部落』の村田お光役でデビュー。 1958年、東宝からの出演依頼を受け、専属契約が条件であったため、養成所の卒業公演終了後に移籍して専属契約を結ぶ。同年春、東宝は、水野、上原美佐、三井美奈の3人を、名前に「美」が入るスリー・ビューティーズとして売り出した。1959年、劇団俳優座養成所を第8期生として卒業。 まだ、海外渡航自由化の前だった1960年、同7月27日から8月2日まで開催されたカラカス東宝映画祭のため、南米のベネズエラを訪れている。続いて、アメリカ・ロサンゼルスで同8月5日に開館した東宝ラブレア劇場の開館式にも出席した。 当時の東宝映画では、サラリーマン映画などが主流で、OL役などでの出演が多かったが、水野本人はあまりこのジャンルが好きではなく、風変わりな人物を演じてみたいと思い、「主役ではなく、脇につく準主役を演じてみたい」と広報誌の取材で発言したことで、主役の話が来なくなったという。だが、会社に「癖のある役を演じてみたい」と懇願したことで、1960年の『独立愚連隊西へ』や1963年の『マタンゴ』といったアクションや特撮・怪獣ものへの出演が増えるようになった。 1963年、東宝を退社してフリーとなる。以降、映画だけでなくテレビドラマや舞台など、多数に出演。「フランソワーズ・アルヌールに憧れている」、とある取材で発言したことで、その妖艶な美貌から「和製アルヌール」と呼ばれていた。