
ケビン・デュラント(Kevin Durant)
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ケビン・ウェイン・デュラント(Kevin Wayne Durant, 1988年9月29日 - )は、アメリカ合衆国ワシントンD.C.出身のプロバスケットボール選手。NBAのヒューストン・ロケッツに所属している。ポジションはスモールフォワードまたはパワーフォワード。愛称は「KD」。現役選手としては最多となる4度の得点王に輝いており、得点能力に関してはしばしばマイケル・ジョーダンと比較されるなどNBA史上最高のスコアラーの1人として広く知られており、NBA史上最高の選手の1人として数えられることもある。2021年にはNBA75周年記念チームに選出され、リーグ史上最も偉大な選手の1人として称えられた。 NBAシーズン通算得点歴代7位・現役選手では2位、NBAプレーオフ通算得点歴代7位で現役選手では2位である。 生い立ち AAU時代 デュラントは兄のトニーと共にメリーランド州シート・プレザントで育った。デュラントが8カ月の頃に父は家族のもとを去ってしまったため、幼少期のデュラントを育てたのは母ワンダブラットと祖母のバーバラ・デイビスだったが、彼が13歳の頃に父は家族のもとに戻った 。デュラントもトニーも子供の頃からスポーツに熱中し、キャリア晩年のマイケル・ジョーダンが所属したワシントン・ウィザーズを含むボルチモア近郊のプロスポーツチームを応援した。後にデュラントはジョーダンの名を冠した高校トーナメント大会で大会MVPを獲得している。 地元のAAU(アマチュア・アスレチック・ユニオン)のバスケットボールチームで瞬く間に頭角を現す。彼のバスケットキャリアの出発点となったのはAAUのプリンス・ジョージ・ジャガーズだったが、ジャガーズには後にNBA選手となるマイケル・ビーズリーも所属しており、片親だったビーズリーは毎日のようにデュラントの家で朝食を食べて、デュラントと一緒に通学バスに乗るという日々を過ごした。さらにジャガーズにはクリス・ブラズウェルも所属しており、デュラント、ビーズリー、ブラズウェルの3人がチームの中核を担ったジャガーズは無類の強さを誇り、2度の全米優勝に輝くが、1度目の優勝では当時11歳のデュラントが後半だけで18得点を記録するという大活躍を見せている。2003年にジャガーズは解散したため、DCブルーデビルズに移り、ここではタイ・ローソンとプレーしている。デュラントの中に大きな可能性を見出したAAUコーチのタラス・ブラウンは、夏の間に1日8時間の個人練習を組むという特訓をデュラントに課した。この猛練習が功を奏し、デュラントの才能は高校に入ってさらに大きく花開くことになる。なお、現在も使用している背番号「35」は、子供の頃のデュラントを指導し、35歳の若さで亡くなったコーチ、チャールズ・クレイグに因んでいる。