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カール・ラガーフェルド

カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)

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カール・オットー・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld、1933年9月10日 - 2019年2月19日)は、ドイツ出身のファッションデザイナー、写真家。フランス・パリ近郊ヌイイ=シュル=セーヌ在住。もとの姓はラガーフェルト(Lagerfeldt)である。 世界的なブランド「シャネル」「フェンディ」や、シグネチャーブランドのヘッドデザイナーあるいはクリエイティブ・ディレクターを務め、様々なファッション・アートのプロジェクトで業績を残したファッション界の重鎮。ポニーテールの白い髪・暗い色のサングラス・高い襟のシャツという容姿がトレードマーク。 略歴 生い立ち 1933年の9月10日、ドイツ北部のハンブルクに生まれた。父はオットー・ラガーフェルト(1881-1967)、母はエリーザベト・バーマン(1897-1978)。彼の父オットーは無糖練乳を生産・輸入する企業のホーホヴァルト社を経営していた。また母のエリーザベトはオットーと出会ったころ下着のセールスの仕事をしていてベルリンに住んでいた。母方の祖父であるカール・バーマンは中央党の地元政治家であった。オットーとエリーザベトは1930年に結婚した。一家は復古カトリック教会を信仰する家庭だった。 キャリア パリオートクチュール組合が経営する学校にてファッションを学ぶ。この時の同級生にアルジェリアから来たイヴ・サン=ローラン、それに日本から来た小池千枝がいた。1955年、国際羊毛事務局(International Wool Secretariat)(現在のザ・ウールマーク・カンパニー)の支援するデザインコンテストのコート部門で優勝したカールはピエール・バルマンのアシスタントとして雇われた。3年間バルマンの下で働きデザイン室長になったが、1958年、ジャン・パトゥの下に移籍して5年間にわたり年2回60点ほど発表されるオートクチュールのデザインを行った。生地や技術的なことも主にパトゥのメゾンで学んだと語っている。

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