
ヨーゼフ・ゲッベルス(Joseph Goebbels)
日別に見る
この人は?
パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス(ドイツ語: Paul Joseph Goebbels 発音、1897年10月29日 - 1945年5月1日)は、ドイツの政治家。 ナチ党政権下では国民啓蒙・宣伝大臣を務め、ナチズムの喧伝と強制的同一化を推進した。 第一次世界大戦後に政治活動を開始し、国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)における左派の中心人物の一人となったが、その後はアドルフ・ヒトラーに接近し、第3代宣伝全国指導者を勤めてナチスのプロパガンダを積極的に広め、ナチ党の勢力拡大に貢献した。第二次世界大戦の敗戦の直前、ヒトラーの遺書によってドイツ国首相に任命されるが、ヒトラーの後を追い、家族を殺害後に自殺した。 生涯 前半生 生い立ち 1897年10月29日、ドイツ帝国プロイセン王国ライン州に属する人口3万人の小都市ライトのオーデンキルヒェナー通り(Odenkirchener Straße)186番地で生まれた。ライトはミュンヘン=グラートバッハ(現在のメンヒェングラートバッハ)と川を挟んで隣り合う双子都市で、主要産業はミュンヘングラートバッハと同じく織物だった。宗教はローマ・カトリックが支配的であり、ゲッベルスの両親も敬虔なカトリックであった。 父のフリードリヒ・ゲッベルス (Friedrich Goebbels) は、貧しい職工の家に生まれ、工場の事務職を経て業務支配人まで出世した人物であった。ゲッベルス家は2階建ての持ち家を有していたが、父の給料は一般の職工とそれほど変わりがなく、家計はどちらかといえば貧しかった。 母のマリア・カタリナ(Maria Katharina, 旧姓オーデンハウゼン (Odenhausen))はオランダ人鍛冶屋の娘でフリードリヒとの結婚前にドイツ国籍を取得した女性であった。ゲッベルスは常に母カタリナを尊敬していたが、彼女が元オランダ人である事実はひた隠しにしていた。 ゲッベルスは夫妻の三男であり、兄にコンラート とハンス、姉にエリーザベト (Elisabeth)、妹にマリア (Maria) がいる。両親は貧しいが敬虔なカトリック教徒であり、ゲッベルスは司祭になるよう望まれていた。