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John Bolton

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ジョン・ロバート・ボルトン(英語: John Robert Bolton、1948年11月20日 - )は、アメリカ合衆国の法律家、外交官。アメリカ合衆国国際連合大使、国家安全保障問題担当大統領補佐官を歴任した。 生い立ち 1948年、アメリカ合衆国メリーランド州ボルチモア生まれ。1964年アメリカ合衆国大統領選挙では当時高校生ながら共和党候補バリー・ゴールドウォーターの選挙運動に参加した。 1970年にイェール大学を最優等(summa cum laude)で卒業、1974年同大学イェール・ロー・スクール修了(法務博士 J.D.)。ロースクールでは後の最高裁判事のクラレンス・トーマスと同じクラスであり、またビル・クリントン、ヒラリー・クリントンも同時期に在学していた。 ワシントンの法律事務所勤務、保守派の大御所的存在ジェシー・ヘルムズ上院議員の補佐官を経て、1981年のレーガン政権の8年間、国際開発庁および司法省に勤務し、エドウィン・ミース司法長官と行動を共にした。 1989年から1993年まで、ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ政権で国務次官補を務め、ジェイムズ・ベイカー国務長官の知遇を得た。担当は対国際連合。クリントン政権期は保守系シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所副所長に就任し、タカ派の立場からクリントン政権の外交政策に対して一貫して批判を続けた。1997年に設立された新保守主義的な外交政策を主張するアメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)にも参加した。 ブッシュ政権 2001年、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ政権によって国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)に任命され、北朝鮮との六者会合やイランの核開発問題などを担当したが、強硬なスタイルは多くの敵を作った。イランの外務省はボルトンを「無作法で非外交的」と非難した。また北朝鮮を巡っては、時の総書記金正日を「圧政的な独裁者」と呼び、北朝鮮で生きることは「地獄の悪夢」などと発言したことから、北朝鮮はボルトンを「人間のクズ」(human scum)と激しく批判した。ボルトンの発言は非外交的だとして議会などから問題視された。また、開戦への慎重論が少なくなかった国務省内の対イラク開戦推進派としてイラク戦争への流れをつくり、ブッシュ政権を去った後もイラク戦争の正当性を主張している。イラク戦争の推進やPNACへの参加などからネオコンの代表的な人物とみなされることが多いが、ボルトン自身は高校時代から生粋の保守派であるため、左翼からの転向者を意味する「ネオコン」と呼ばれることを嫌っている。

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