
ジェームズ・キャメロン(James Cameron)
このスターに新着があれば通知でお届け
日別に見る
この人は?
ジェームズ・フランシス・キャメロン(James Francis Cameron、1954年8月16日 - )は、カナダ出身の映画製作者である。『ターミネーター』や『アバター』などの世界的に大ヒットしたシリーズの製作者として知られている。ライトストーム・エンターテインメント会長。 スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカスと並んで、最も商業的に成功した映画製作者の一人である。 来歴 生い立ち カナダのオンタリオ州コクレーン地区のカプスケイシング生まれ。祖先はスコットランド系。父は電気技師、母はアマチュア画家。幼い頃から母に芸術面を応援され、美術には才能を見せていた。15歳の時に、『2001年宇宙の旅』を見て、自作の宇宙船やプラモデルを使い、16ミリカメラなどで実験映画を撮り始める(『2001年宇宙の旅』は映画館で10回も見たという)。カリフォルニア州オレンジ・カウンティに移り、カリフォルニア州立大学フラトン校に入学。当初は海洋生物学と物理学を専攻していたが、トップになるには数学の能力に欠けていることを知り、英文学に変更した。 大学中退後 2年後、大学を中退して結婚し、小さな家に移り住む。トラック運転手などで生計を立てていたが、1977年に封切られた『スター・ウォーズ』を見て仕事を辞め、再び映画制作に没頭する。そして友人と共に1978年、35ミリの短編SF『Xenogenesis』を制作する。この短編がきっかけとなりロジャー・コーマンのニューワールド・ピクチャーズに入る。1979年、初仕事は『ロックンロール・ハイスクール』での雑用係(ノンクレジット)だった。 監督デビュー 『宇宙の7人』など、いくつかの作品のスタッフとして関わったのち、デビュー作『殺人魚フライングキラー』を監督するが、撮影の終盤でプロデューサーに降板させられ、作品の完成にまで関われなかった。このため、キャメロンは今でもこの作品については触れたがらない。 「ターミネーター」で大ヒット 次に『ターミネーター』の脚本を書き上げエージェントに預けるとハリウッド中の映画会社から注目を浴び、『エイリアン2』と『ランボー/怒りの脱出』の脚本を依頼される。その後『ターミネーター』を自ら監督し、世界中でヒットを記録したことで一躍その存在を知られることになる。続く『エイリアン2』も大成功を収め、全世界で1億8000万ドルの興行収入をあげる。深海を舞台にしたSF映画『アビス』では不振に悩まされるも、1991年、自身が監督した映画『ターミネーター』の続編『ターミネーター2』が大ヒットし、全世界で5億6000万ドルの興行収入をあげた。