
Jacques Vergès
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この人は?
ジャック・ヴェルジェス(Jacques Vergès,フランス語発音: [ʒak vɛʁʒɛs]、1925年3月5日か1924年4月20日 - 2013年8月15日)は、フランス系ベトナム人の弁護士で、反植民地活動家。ヴェルジェスは、第二次世界大戦中にシャルル・ド・ゴールの自由フランス軍のもと、フランスのレジスタンス組織において戦闘員となった。弁護士になった後、アルジェリア独立戦争中のFLN民兵への弁護活動でよく知られるようになった。その後、彼は議論を呼んだり耳目を集めるような法的訴訟に数多くかかわるようになった。それはテロリスト、連続殺人、人道に対する罪、そして戦争犯罪としての容疑がかかっている被告人といったものであった。これには「リヨンの虐殺者」と呼ばれているナチス親衛隊大尉クラウス・バルビーの1987年の刑事訴追、極左系テロリストのカルロス・ザ・ジャッカルの1994年の刑事訴追、元クメールルージュの国家元首キュー・サムファンの2008年の刑事訴訟が含まれる。また、悪名高いホロコースト否認論者ロジェ・ガロディを1998年に弁護しているほか、ドイツ赤軍のメンバーの弁護も請け負った。そういったクライアントと関わった結果として、彼は一般大衆からの非難を多く浴び続けることになった。その非難側には知識人であるベルナール=アンリ・レヴィとアラン・フィンケルクロート、 政治活動家ジェリー・ゲーブル、ナチハンターのセルジュ・クラルスフェルトがいる。 ヴェルジェスは1950年代に、法廷の場を、フランスのアルジェリアにおける植民地支配に反対する意見を表明し、訴追の正統性に疑問を示し、手続きにおいて混乱を引き起こす、「切断による弁護」として彼の著書「司法戦略について」で紹介されている方法を実践する場として利用したことで広く公の注目を引くようになった。 1960年には活動を問題視され収監され、一時的に公式な司法実務の免許を失った。彼は1960年代にはパレスチナのフィダーイーの支援者となった。1970年から1978年には行方がわからなくなった。この間の動向について彼は説明をしなかった。 反帝国主義者であることを公言し、2000年代には遠慮のない政治活動をつづけ、対テロ戦争にも反対した。 彼の活動は「悪魔の代弁者」とメディアにセンセーショナルな報じられ方をし、ヴェルジェス自身も「素晴らしきくそったれ」と名付けた自叙伝を出版したり、インタビューにおいて「ブッシュからでも依頼を引き受けるよ、でもそれは彼が自分の有罪を認めるならな。」といった挑発的な返答をすることで、そういった「悪名高い」パブリックイメージの形成に貢献した。