
イスラム・カリモフ(Islam Karimov)
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イスラム・アブドゥガニエヴィチ・カリモフ(ウズベク語: Islom Abdug‘aniyevich Karimov / Ислом Абдуғаниевич Каримов、ロシア語: Ислам Абдуганиевич Каримов、英語: Islam Abduganievich Karimov、1938年1月30日 – 2016年9月2日)は、ソビエト連邦及びウズベキスタンの政治家である。1964年ソビエト連邦共産党に入党。ウズベク・ソビエト社会主義共和国国家計画委員会第1副議長、財務相、副首相などを歴任し、1990年3月、新設された同共和国大統領に就任した。同年7月ソ連共産党政治局局員、中央委員となった。11月共和国首相(内閣議長)兼任。1991年11月ウズベキスタン人民民主党創設、党首となる。ウズベキスタン独立後の1991年12月、大統領直接選挙に当選し同国の初代大統領となった。以後2016年に死去するまで、25年間にわたって同国の大統領を務めた。 政敵や言論への弾圧、不正選挙、人権問題や報道規制などの問題により欧米諸国からは独裁者として批判を受け、パレード誌に「世界最悪の独裁者」の一人に選ばれていた。経済面では、カリモフ在任中のウズベキスタンは2004年以降7%以上のGDP成長率を記録しているが、これも子どもを含む強制労働によるものとする批判がある。 経歴 ソ連時代 1938年1月30日、ウズベク・ソビエト社会主義共和国のサマルカンドで生まれた。1941年、サマルカンドの孤児院に送られ、1942年に家に連れ帰られたが1945年に孤児院に送られた。少年時代については模範的な学生だったという説と荒くれものであったという説の2つが存在する。 1955年に高校を卒業。1960年に中央アジア工科大学(現・タシュケント国立工科大学)を卒業し、機械工学の学位を取得。1961年から1966年まで、航空機製造企業や水資源省で技術者として勤務した。 1967年にタシケント国民経済大学タシュケント国民経済大学で経済学の修士号を取得した。 政治家として 1964年、ソビエト連邦共産党下部組織ウズベキスタン共産党に入党。1966年から1983年にかけて、ゴスプランの主任専門官、議長補佐官、課長、局長、副議長、第一副議長を歴任した。 1983年、ウズベク共和国の財務大臣に就任。1986年からは副首相兼ゴスプラン議長を務めた。カシュカダリヤ州の共産党第一書記を経て、1989年6月にウズベキスタン共産党中央委員会第一書記に就任した。 1990年から1991年までソ連共産党中央委員会委員、政治局員、ソビエト連邦最高会議代議員を務めた。