
イニャツィオ・アバーテ(Ignazio Abate)
イグナツィオ・アバテ, イグナツィオ・アバーテ, イニャツィオ・アバテ
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イニャツィオ・アバーテ(Ignazio Abate, 1986年11月12日 - )は、イタリア出身の元サッカー選手。サッカー指導者。ポジションは主に右のサイドバック。元イタリア代表。 日本においては姓は「アバテ」、名は「イグナツィオ」とも表記される。 クラブ経歴 イタリアのサンターガタ・デ・ゴーティ出身。父親はインテルなどでプレーしたゴールキーパーのベニアミーノ・アバーテ。 1999年よりACミランの下部組織に所属。2003年12月3日に行われたコッパ・イタリアのUCサンプドリア戦でトップチームデビュー。17歳でのデビューはパオロ・マルディーニ以来であった。しかしトップチームに定着はならず、2004年から2007年にかけて複数のクラブへのレンタル移籍を経験した。 2007-08シーズンにはエンポリFCに共同保有権が譲渡され、同チームでセリエA初出場を果たす。2008年4月28日のジェノア戦では初ゴールを記録した。リーグ戦24試合に出場したが、エンポリは18位でセリエBに降格となった。翌2008-09シーズンはトリノFCに共同保有権が譲渡され、セリエAで25試合に出場した。 ミランが共同保有権を買戻したため、2009-10シーズンよりミラノに帰還。開幕時は右サイドの中盤の控えだったが、シーズン途中にレオナルド監督によって右サイドバックにコンバートされる。マッシモ・オッドらの負傷もあり出場機会は得たものの、当初は守備面やクロスの精度にて課題を残した。しかし、2年目の2010-11シーズンからはパフォーマンスが向上し、新監督マッシミリアーノ・アッレグリの下でスクデット獲得に貢献した。 2018-19年シーズン終了後、契約満了により退団した。 代表経歴 年代別のイタリア代表でプレーし、2008年のトゥーロン国際大会、北京オリンピックおよびUEFA U-21欧州選手権2009に出場している。 2011年11月にチェーザレ・プランデッリ監督によりフル代表に招集され、同月のポーランド戦でデビュー。以降UEFA EURO 2012、FIFAコンフェデレーションズカップ2013、2014 FIFAワールドカップのメンバーに選出され、EURO2012ではスペインに決勝で敗れたがレギュラーとして、準優勝に貢献、ワールドカップでは1試合に先発出場した。 2013年11月15日のドイツとの親善試合で代表初得点を挙げた。