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イブン・ハルドゥーン

イブン・ハルドゥーン(Ibn Khaldun)

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イブン・ハルドゥーン (アラビア語: ابن خلدون, 転写:Ibn Khaldūn, 発音:イブン・ハルドゥーン, 英語: Ibn Khaldun, 1332年5月27日 - 1406年3月17日)は、中世のイスラーム世界を代表する歴史家、思想家、政治家。イスラーム世界最大の学者とも呼ばれる。 名前 أَبُو زَيْدٍ عَبْدُ الرَّحْمَٰنِ بْنُ مُحَمَّد بْن خَلْدُون الْحَضْرَمِيّ(Abu Zayd ʿAbd al-Raḥmān ibn Muḥammad ibn Khaldūn al-Ḥaḍramī, アブー・ザイド・アブドゥッラフマーン・イブン・ムハンマド・イブン・ハルドゥーン・アル=ハドラミー) クンヤは「アブー・ザイド」で「ザイドの父」の意。本人のファーストネームはアブドゥッラフマーン、父の名前はムハンマド。 イブン・ハルドゥーンは直訳すると「ハルドゥーンの息子」だが、アンダルスに多かった家名表示で実際には「ハルドゥーン家の息子、ハルドゥーン家の子息、ハルドゥーン家の者」を意味するいわゆるファミリーネームを示す部分。 出自 南アラビアのハドラマウト(現イエメン共和国領の都市)出身のアラブ人ワーイル族を祖先とする。ハルドゥーン家の始祖は8世紀にアラブの征服事業の一環であるイベリア半島遠征に従軍し、以降ハルドゥーン家の人間はアンダルスに定住。 9世紀にはハルドゥーン家はセビリアの有力貴族として力をつけ、1248年のセビリア陥落直前まで、一族はセビリアを統治したイスラーム系王朝の下で支配貴族の地位を保った。セビリア陥落の直前にハルドゥーン家はイフリーキヤ(現在のチュニジア、アルジェリア東部にあたる地域)のハフス朝の首都チュニスに亡命、かつてムワッヒド朝でセビリア太守を務めていたハフス朝の創始者アブー・ザカリーヤー1世の庇護を受ける。 ハルドゥーンの祖父ムハンマド(? - 1337年)は高位への登用を断り、隠棲して神秘主義(スーフィズム)に没頭する、宗教的な生活を送った。この祖父の影響を受けてハルドゥーンの父ムハンマド(? - 1349年)も学問に没頭し、クルアーン、イスラーム法学(シャリーア)、アラビア語文法、作詩の知識を習得した。 生涯 少年期 1332年5月27日にハフス朝の首都チュニスで生まれる。 少年時代のハルドゥーンは当時の良家の子弟と同じように、チュニスの学者たちからイスラーム法学、伝承学、哲学、作詩などを学び、政界への進出に必要な教養を習得した。しかし、ハルドゥーン自身は少年期について多くを語っておらず、不明な点が多い。

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