
Hitomi Kuroki
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黒木 瞳(くろき ひとみ、1960年(昭和35年)10月5日 - )は、日本の女優、元宝塚歌劇団月組トップ娘役。所属事務所は2011年10月11日よりポエムカンパニーリミテッド。 福岡県八女市(旧・八女郡黒木町)出身。出身地・黒木町(くろぎまち)に因み同郷の五木寛之(八女市出身で同じ中学の先輩でもある)が「黒木瞳」と命名。 来歴 幼少期 1960年(昭和35年)に4人きょうだいの末子(兄1人と姉2人がいる)として生まれる。地元で畜産業をする父と食堂を営む母は躾に厳しかったが、幼い頃から手間が掛らずにのびのびと育つ。剣道7段の父親の影響もあり、小学4年生から地元の道場で剣道を習った。幼い頃からピアノを習うなど音楽好きで、読書家であった。 中学2年頃に文化祭で菊池寛「父帰る」で娘役を演ずる友人を観て役者を志し、様々な映画を見て「映画に出たい」と夢も持つ。この時点で「中学卒業後は高校で演劇部に入り、大学で演劇を学んだ後、文学座へ入って女優になる」と夢を描く。 宝塚音楽学校 進学した福岡県立八女高等学校在学時には、演劇部に所属、その後部長として九州大会に進出。遡って1年生の時に友人に誘われ、福岡市民会館で行われた宝塚歌劇団の地方公演の舞台「ベルサイユのばら」を鑑賞した。初めて観た宝塚の舞台に衝撃を受けたことから、年に一度の福岡公演に翌年、翌々年も鑑賞した。 芝居の虜になっていたことから上京して女優になる夢を持つも、当時宝塚の福岡公演を趣味として鑑賞していた。このため高校1年、2年の頃は宝塚音楽学校を受験したことはなく、高校3年生の頃には音楽教師になろうと考えていた。後日受験した熊本県の音楽大学への進学が決まっていた が、上記の「ベルサイユのばら」で宝塚に憧れたことから、宝塚音楽学校の入り方に興味本位で資料を取り寄せた。応募要項に“受験資格は高校卒業まで”との記載を見て、記念受験のつもりで気軽に願書を提出。 両親に内緒でバレエに1週間通って同校を受験。試験日は希望の音大入学が決まったその1週間後だった。面接では筑後弁訛り一辺倒になった挙句、受験理由を尋ねられた際には「松竹歌劇団(宝塚歌劇団とはライバル関係にあった)でもよかったんですけどね」と発言したにもかかわらず、倍率22.4倍の難関をくぐり合格。上記の通り記念受験のつもりだったが、試験で1次、2次…と通過するごとに本人の中で「宝塚歌劇団に入りたい」思いが強くなり進路変更を決意する。両親に音大進学を取りやめて、合格した宝塚音楽学校への進学を打ち明けると猛反対された。しかし、祖母が助け舟を出してくれたことで何とか許可が下りた。