
ヘンリー・ジェイムズ(Henry James)
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ヘンリー・ジェイムズ(英語: Henry James, 1843年4月15日 - 1916年2月28日)は、アメリカ生まれでイギリスで活躍した作家・小説家。英米心理主義小説、モダニズム文学小説の先駆者としても知られる。兄はプラグマティズムを代表する哲学者ウィリアム・ジェイムズ。イギリスを初めヨーロッパ各国を訪問し、ヨーロッパ的な視点とアメリカ人としての視点を持ち合わせ、国際的な観点から優れた英語文学を多く残した、19世紀から20世紀の英米文学を代表する小説家である。 ホルヘ・ルイス・ボルヘスは「われわれの時代の最高級の作家の一人」と評価する。モダン・ライブラリーが選ぶ最高の小説100で「鳩の翼」が26位、「使者たち」が27位、「金色の盃」が32位となっている。 生涯 ヘンリー・ジェイムズは、1843年にニューヨークで生まれた。父は宗教哲学者ヘンリー・ジェイムズ、母はメアリー・ジェイムズ。一つ年上の長兄は、哲学者として高名なウィリアム・ジェイムズ。ジェイムズ家はアイルランドおよびスコットランド系の移民の家柄で、アイルランドから移民であったヘンリーの祖父は事業に成功し、一代で富を築きあげたため、非常に裕福な家系であった。 父は教育上の方針から、息子らと共に幾度となくヨーロッパへ旅行をして見聞を広めさせている。既にヘンリーが生後6か月の時に、兄と共にイギリスとパリを何か月も旅行している。この機会のみならず、少年時代より何度もヨーロッパ(イギリス・フランス・イタリアなど)とニューヨークを行き来しており、生涯全体ではヨーロッパ滞在時期の方が長い。この頃から各国の文学に親しむ。19歳の時にハーバード大学に進学するが、1年で中退する。その後、ボストンやその近郊のケンブリッジに住む。 1865年に短編小説『ある年の物語』(The story of a Year)を執筆する。1871年に長編『後見人と被後見人』を発表する。1875年に処女出版である『情熱の巡礼、その他』を出版する。1876年にロンドンに居住し、以降死去するまで40年近くの間、活動の拠点をロンドンに移す。ヨーロッパに拠点を移したあとも、パリやイタリアへ幾度なく訪問している。1877年に『アメリカ人』を出版する。ヨーロッパ的な視点とアメリカ人としての視点を併せ持った優れた評論・小説をいくつも発表する。1878年には代表作のひとつ『デイジー・ミラー』を発表する。1879年には『国際挿話』を発表し、一躍有名小説家になった。1881年に長編『ある婦人の肖像』を発表、代表作となる。また親交も広め、モーパッサンやフローベール、ゾラ、テニソン、ジョージ・エリオットらを知る。1889年頃から劇作にも打ち込むようになるが、失敗に終わった。