
ヘディ・ラマー(Hedy Lamarr)
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ヘディ・ラマー(Hedy Lamarr、本名:Hedwig Eva Maria Kiesler、1914年11月9日 - 2000年1月19日)は、オーストリア・ウィーン出身の女優・発明家である。1930年に女優としてデビューし、1933年の『春の調べ』で全裸シーンを披露した。同年、結婚を理由に映画界から引退したが、当時の夫への不満が高まったことから、1937年に夫の元から逃げ出し、密かにパリに転居した。そこで彼女はMGMの創始者ルイス・B・メイヤーに出会い、彼の力を借りて1930年代から1950年代までの間、ハリウッドスターの1人となった。 シャルル・ボワイエ、ロバート・テイラー、スペンサー・トレイシー、クラーク・ゲーブル、ジェームズ・ステュアート、ヴィクター・マチュアなど有名な俳優との共演経験が多い。 発明家としての彼女は第二次世界大戦期に作曲家のジョージ・アンタイルと共に、連合国側の魚雷の無線誘導システムが枢軸国側からの通信妨害の影響を受けないための周波数ホッピングスペクトラム拡散の初期的な技術を開発し、その特許を取得した。アメリカ海軍は1960年代になってからようやくこの技術を導入したが、この技術の原理は現代の符号分割多元接続・Wi-Fi・GPS・Bluetoothなどの技術にも応用されている。また、彼女とアンタイルはこの発明の功績により、亡くなった後の2014年に「全米発明家殿堂」入りを果たした。 来歴 ユダヤ系の両親のもとにヘドウィヒ・エヴァ・マリア・キースラーとしてウィーンで生まれ、父親エーミール・キースラー(Emil Kiesler)はレンベルク出身のユダヤ人銀行家、母親ゲルトルート・キースラー(旧姓リヒトヴィッツ、Gertrud née Lichtwitz)はブダペシュトのユダヤ人上流階級家庭出身のピアニストである。彼女はユダヤ教から改宗したカトリック教徒であり、よく教会に通っていた。 女優に憧れ、プロデューサーのマックス・ラインハルトとともにベルリンに行き、演劇の訓練を受けた。その後またウィーンに戻り、スクリプターとして映画界に入り、まもなく女優となり、17歳のときに端役として映画に出演した。1933年、18歳の時にヘディ・キースラーの名前で性の解放を謳ったグスタフ・マハティ監督のチェコ映画『春の調べ』に出演し、ヒロインの若妻・エヴァ役に扮して全裸シーンでオーガズムを披露した。当時としては、この映画はかなりセンセーショナルであり、アメリカでは上映禁止になっている。