
ハロルド・クロトー(Harry Kroto)
このスターに新着があれば通知でお届け
日別に見る
この人は?
サー・ハロルド・ウォルター・クロトー(Sir Harold Walter Kroto, 1939年10月7日 – 2016年4月30日)は、イギリスの化学者、王立協会のフェロー。フラーレンの発見により、1996年にロバート・カール、リチャード・スモーリーとともにノーベル化学賞を受賞した。ハリー・クロトーとも。 2004年よりフロリダ州立大学に勤めていたが、それまでは長年の間、サセックス大学に籍を置いていた。 少年時代 1939年に生まれ、イングランド東部のケンブリッジシャー州の町でハロルド・クロトシナー (Harold Krotoschiner) という洗礼名を受けた。この名前は、シレジアのクロトシン(ポーランド語: Krotoszyn, ドイツ語: Krotoschin)に由来している。父親の家族はポーランドのボヤノヴォ に在住していて、母親はドイツのベルリンの出身であった。 両親はともにベルリン出身だったが、父親がユダヤ人であったため、ナチスから逃れて難民としてイギリスに渡ってきた。第二次世界大戦の間、彼の父親は敵国人として抑留されていた。この間、彼はランカシャー州のボルトンで育ち、ボルトンの学校に入学した。俳優のイアン・マッケランとは同級生だった。1955年、一家は苗字を短縮してクロトーと改名した。 ハロルドは子供の頃、メカノに夢中になり、科学技術の腕を磨いた。彼はユダヤ人社会の中で育てられたが、宗教には全く興味を持たず、宗教が自分にとって意味をなすことはないと語っている。彼は、人間主義、無神論、アムネスティ・インターナショナル主義、ユーモア主義の4つの宗教を信仰していると自称していた。彼は中等学校で化学、物理学、数学に興味を持ち、6年生の時の化学の教師(後に大学教授になるハリー・ヘンリー)の薦めもあり、シェフィールド大学に進学した。 1963年、マーガレット・ヘンリエッタ・ハンターと結婚した。 初期の研究 1961年、クロトーはシェフィールド大学で化学の学位を得て、1964年には同大学で博士号を得た。彼の博士論文のテーマは、光開裂によって生じるフリーラジカルのスペクトルの共鳴に関する研究だった。 クロトーの博士課程時代の研究では、炭素とリンが二重結合で結合した化合物の初めての報告や、複数の多重結合を持つ化合物の研究へと繋がる亜酸化炭素の研究など、論文になっていないものも多い。彼は有機化学への魅力から研究を始めたが、分光学について学んだ頃から、量子力学にも興味を抱き始めた。