
Grace Cunard
グレイス・キューナード
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この人は?
グレイス・キュナード(Grace Cunard, 1893年4月8日 - 1967年1月19日)は、アメリカ合衆国の女優、脚本家、映画監督、映画プロデューサーである。出生名はハリエット・ミルドレッド・ジェフリーズ(Harriet Mildred Jeffries)、結婚後の本名はグレイス・キュナード・シャノン(Grace Cunard Shannon)となった。シリアル・フィルムに多く出演し「ザ・シリアル・クイーン」の異名をもつ。日本ではグレイス・キューナードとも表記される。 人物・来歴 オハイオ州コロンバスに生まれる。1歳下の妹はのちに女優となったミナ・キュナードである。 ハイティーンのころには舞台で活動を開始し、1910年には、バイオグラフ・カンパニー製作、D・W・グリフィス監督、フランシス・J・グランドン主演の短篇映画 The Duke's Plan に出演したのが、映画界での最初の記録である。1912年には、カリフォルニア州ロサンゼルス市のエレンデイルのバイソン・スタジオに入社、同年、トーマス・H・インス監督、フランシス・フォード主演の The Indian Massacre に出演する。次作 A Soldier's Honor では、脚本を書き、フランシス・フォードの相手役として出演、フォード=キュナードのコンビが始まる。 1913年には、バイソン・スタジオはユニヴァーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー(現在のユニバーサル・ピクチャーズ)に経営統合され、量産されるフォード=キュナードの短篇映画・シリアル映画は、ユニヴァーサルが配給を行うようになる。同年、 The Black Masks をフランシス・フォードと共同で脚本を執筆、共同で監督、コンビで主演して監督業にも進出する。フォード=キュナード・コンビのなかでも、1915年に製作・公開されたシリアル映画『名金』は、日本でも公開され、爆発的なヒットとなった。 1917年にはフォードの弟で俳優のジャック・フォード(のちのジョン・フォード)の監督デビュー作『颱風』にフランシス・フォードとともに脚本を提供する。そのころにはフォード=キュナードの短篇映画量産の時代は終息迎え、1918年には、ユニヴァーサル子会社・ブルーバード映画製作、ジョセフ・ド・グラス監督の『涙痕』に主演、同作は日本でも公開された。1920年、ユニヴァーサルを離れ、小プロダクションで主演・監督作を手がけるが、翌1921年の Her Western Adventure をもって監督業から撤退する。
経歴
- 1893Born
- 1967Passed away
豆知識
- •Place of birth: Columbus
- •Citizenship: United States
- •Known as: actor, screenwriter, film director, film actor
- •Spouse: Joe Moore