
エルナ・ソルベルグ(Erna Solberg)
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エルナ・ソルベルグ(ノルウェー語: Erna Solberg、ノルウェー語発音: [ˌærnɑ ˈsuːlˈbærɡ]、1961年2月24日 - )は、ノルウェーの政治家。2004年から保守党代表、2013年より2021年まで同国首相。駐日ノルウェー大使館のウェブサイトでは、アーナ・ソールバルグと表記されている。 1989年に国会議員に初当選し、第2次ボンデヴィーク内閣では地方行政・地域開発相を務めた。総選挙で勝利した後、グロ・ハーレム・ブルントラント以来となるノルウェーで二人目の女性首相になった。 経歴 生い立ち ノルウェー西部のベルゲンに生まれ、高級住宅地のカルファレット地区で育った。父アスビョルン・ソルベルグ(1925年 - 1989年)はベルゲン・スポルヴァイに勤めるコンサルタント、母のヴェンヘ・トーゲルセン(1926年 - 2016年)は事務員であった。ソルベルグはその次女であり姉と妹がいる。夫シンドレ・フィンネスの間に二子を持つ。 学生時代 学校では勉強に苦労したが、16歳の時にディスレクシア(失読症)と診断されてその原因がわかった。それでも、クラスでは活発でおしゃべりなムードメーカーであった。高校時代の1979年、ノルウェー学生ユニオンの委員に選ばれ、そこでジャマイカへの募金を募る全国チャリティーイベント「オペラショーン・ダグスヴェルク」を主導した。1986年にベルゲン大学で社会学、政治学、統計学、経済学の修士号 (cand.mag.) を取得。大学最後の年にはベルゲンの保守党学生連盟を率いた。 政治経歴 1979年から1983年、また1987年から1989年にかけて、ベルゲン市議会議員。後者の時期には執行委員になった。青年保守党と保守党の支部長でもあった。1989年にはホルダラン県からストーティング(国会)議員に初当選し、以来5回再選されている。1994年から1998年まで全国保守女性協会代表を務めた。 2001年から2005年まで、ヒェル・マグネ・ボンデヴィーク内閣に地方行政・地域開発相として入閣した。亡命希望者に関する断固とした姿勢など、自分の政策を強く主張したため、メディアからは「鉄のエルナ」と呼ばれた 。実際に、ボンデヴィーク政権(2001年 - 2005年)における亡命申請者数は続く赤緑連立政権(2005年 - 2009年)時代より数千人多い 。2003年にはイギリスのシャリーア議会の存在を知って、その導入を提案し、その翌年にもノルウェーへの移民の増加を願うと述べた。その一方で、大臣として安全保障上の脅威であったアンサール・アル・イスラムの最高指導者ムッラー・クレカルの国外追放を移民局に指示した。これより後の2010年、クレカルはソルベルグを殺害するとの脅迫声明を出した。