
エドガー・ウォーレス(Edgar Wallace)
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リチャード・ホラティオ・エドガー・ウォーレス(Richard Horatio Edgar Wallace、1875年4月1日 - 1932年2月10日)は、イギリスの作家。1910-20年代に推理・スリラー小説で一大人気を誇り、また映画『キングコング』の脚本でも知られる。 ロンドンに生まれ、様々な職を経験の後に陸軍に入隊し第二次ボーア戦争に従軍、南アフリカで通信記者を経て、帰国後にスリラー作家としてデビュー。非常に多産で、当時イギリスで読まれた本の1/4はウォーレスの作品だと言われたほどだった。1931年の総選挙で敗れた後、アメリカに渡りハリウッドで映画の脚本を手がけ、「植民地の想像力」による『キングコング』や、J.G.リーダーものの推理ドラマ、グリーン・アーチャーものを残した。作品は5000万部以上を売り上げ、『エコノミスト』誌では「20世紀で最も多産なスリラー作家の一人」としている。 生涯 生い立ち ロンドンのグリニッジ、アシュバーンハム通りで、俳優である両親リチャード・ホレーショ・エドガーとメアリー・ジェーン・"ポリー"・リチャーズ(旧姓ブレア)の私生児として生まれる。母メアリーは1843年リバプール生まれ、一家で営む劇場で働いていたが、貿易商船の船長だった夫に死別しポリー・リチャーズの芸名で女優となる。1872年にマリオットファミリーの一座に参加し、その一家のホレーショ・エドガーとの間の子供エドガーを生み、助産婦の友人で10人の子持ちだったビリングズゲートの魚屋であるフリーマン夫妻を紹介されて、養育を依頼した。 エドガーはリチャード・ホレーショ・エドガー・フリーマンとして、幸せな幼年時代を過ごした。メアリーは1878年頃には養育費を払う余裕がなくなり、フリーマン夫妻はエドガーを養子にする 。12歳の時、養父ジョージ・フリーマンは彼に十分な教育を受けさせようと、サザーク・ロンドン特別区ペッカムのセント・アルフィージ・ウィズ・セント・ピーター寄宿学校に行かせるが、無断欠席を繰り返した。十代前半の彼は、フリート街近くのルドゲート交差点の新聞売り、牛乳配達、ゴム工場の工員、靴屋助手、船の調理師など多くの職に就いた。ルドゲート交差点には、彼の新聞業界との出会いを記念する額が飾られている。また金を盗んだために牛乳配達を馘首になったこともあった。