
ドナルド・ラムズフェルド(Donald Rumsfeld)
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ドナルド・ヘンリー・ラムズフェルド(英語: Donald Henry Rumsfeld、1932年7月9日 - 2021年6月29日)は、アメリカ合衆国の政治家。ジェラルド・R・フォード政権にて第6代大統領首席補佐官、国防長官、ランド研究所会長を歴任した。 ジェラルド・R・フォード、ジョージ・W・ブッシュ政権にて国防長官をそれぞれ務めた。アメリカ新世紀プロジェクトのメンバーでもあり、イラク戦争ではジョージ・W・ブッシュ政権内で終始強硬な攻撃論を主張した。 来歴 1932年7月9日にイリノイ州シカゴのエバンストンに誕生する。祖父はフランドル系で、ブレーメンからの移民である。奨学金を得てプリンストン大学に通い、卒業後の1954年よりアメリカ海軍でパイロット及び飛行教官を務めた。また、全米海軍レスリングチャンピオンにもなった。 アメリカ海軍予備役編入(1975年まで、1975年から1989年まで個人緊急予備役)後の1957年からワシントンD.C.で、オハイオ州選出連邦下院議員の行政補佐官を務める。1960年から1962年まで投資銀行のA.G.ベッカーで勤務した後、1962年にイリノイ州より連邦下院議員(共和党)に30歳で当選し、1964年・1966年・1968年と4期連続当選を果たした。 若手議員だった頃は下院において共和党の中で比較的リベラルな投票行動で知られ、中道右派の有力な議員の1人であった。1964年の選挙での敗北に危機感を抱いたラムズフェルドら若手は、長老のチャールズ・ハレック下院院内総務に代わる院内総務としてジェラルド・フォード下院議員(後の大統領)を擁立し、成功した。 リチャード・ニクソン政権 議員4期目の1969年に連邦下院議員を辞職し、リチャード・ニクソン政権で機会均等局長(Director of the Office of Economic Opportunity)・大統領補佐官・経済安定プログラム長(Director of the Economic Stabilization Program)等を務めた。46代目アメリカ合衆国副大統領ディック・チェイニーは機会均等局での部下である。 1973年にワシントンを離れ、ベルギーのブリュッセルでNATOアメリカ大使に就任する。