
ドミトリー・ムラトフ(Dmitry Muratov)
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ドミトリー・アンドレーヴィチ・ムラトフ(ロシア語: Дми́трий Андре́евич Мура́тов, 英語: Dmitry Andreyevich Muratov, 1961年10月29日 - )は、ロシアのジャーナリスト。ノーヴァヤ・ガゼータ編集長。2021年ノーベル平和賞受賞。 来歴 1961年10月30日にサマラで生まれ、1983年にクイビシェフ国立大学の言語学部を卒業。 1983年から1985年にかけて、通信機器のセキュリティ専門家としてソ連軍に勤務している。 1987年にヴォルシスキー・コムソモレツ紙の特派員となり、同年中にコムソモリスカヤ・プラウダ青年部の責任者に任命された、後にニュース記事の編集者に昇進。1992年に同紙を退社。 1993年、ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連共産党書記長からノーベル平和賞賞金の一部が寄付され、同僚たちと「人権問題、汚職、権力の乱用について徹底的な調査を行うこと」を使命として創立されたノーヴァヤ・ガゼータの副編集長となった。 1994年12月から1995年1月まで第一次チェチェン紛争を戦場記者として取材、1995年に編集長となった。ノーヴァヤ・ガゼータとしての使命としての報道は、当局側との対立に繋がっており、ムラトフ編集長時代に6人のジャーナリスト・寄稿者が殺害されている。 2000年7月16日、汚職に関する特別プロジェクト(元リペツク州副知事セルゲイ・ドロフスキーの経済政策を批判)を編集していたイゴール・ドムニコフのアパートにハンマーを持った複数名の男が押し入り、ドムニコフを殴打した。ドムニコフは2ヶ月後に死去。 2001年6月2日、寄稿者で人権擁護者のヴィクトル・ポプコフがチェチェンで民間人に医療物資を届けていたところ、車上から覆面の兵士により射殺された。 2003年7月3日、副編集長で1993年より下院議員であったユーリ・シェコチキンが毒殺。最後の記事には、ロシア連邦保安庁(FSB)がモスクワ劇場占拠事件の際に放出された毒ガスをロシア議会に説明することを拒否したことや、モスクワでトルクメニスタン出身のロシア市民に対しての活動を行ったトルクメニスタンの諜報機関の問題などを説明したものであった。 2006年10月7日、アンナ・ポリトコフスカヤが自宅アパート建物エレベーター内で射殺体で発見された。ポリトコフスカヤは、チェチェン紛争についての批判、プーチン大統領への批判をしていた。 2012年4月5日、エレナ・ミラシナがモスクワのバラシハ地区で襲撃されている。ミラシナは北コーカサス地域での人権侵害や地元ジャーナリストの攻撃や殺害について取材、ジャーナリスト保護委員会にはアンナ・ポリトコフスカヤの殺害に関する報告を行っている。