
ジャウマ・フェイトサ・ジアス(Djalminha)
ジャウミーニャ
このスターに新着があれば通知でお届け
日別に見る
この人は?
ジャウミーニャ(Djalminha)ことジャウマ・フェイトサ・ジアス(Djalma Feitosa Dias、1970年12月9日 - )は、ブラジル・サントス出身の元サッカー選手。ブラジル代表であった。 ポジションは攻撃的ミッドフィールダー。フットサルの様なトリッキーなドリブルを得意とし、ヒールリフトを実戦で成功させた数少ない選手の一人。 経歴 クラブ 父親のジャウマ・ジアス(Djalma Dias)もサッカー選手であった。ジャウミーニャというニックネームは小さなジャウマという意味である。地元にあるサントスFCの下部組織でプレーしていたが、その後リオデジャネイロにあるCRフラメンゴの下部組織に移ってプロデビューした。グアラニFC、日本の清水エスパルス、SEパルメイラスでもプレーし、SEパルメイラスに在籍していた1996年にはリーグ最優秀選手賞であるボーラ・ジ・オーロを獲得した。 1997年7月、スペイン・リーガ・エスパニョーラのデポルティーボ・ラ・コルーニャに移籍した。1997-98シーズンから1999-2000シーズンまでの3シーズンで87試合に出場して26得点を挙げ、1999-2000シーズンにはリーグ優勝を果たした。しかし、2000年にアトレティコ・マドリードからポジションが被るフアン・カルロス・バレロンが加入したために出場機会が減少し、2001-02シーズンにはコパ・デル・レイを制したが、リーグ戦では18試合の出場にとどまった。2002年5月には練習中にハビエル・イルレタ監督と揉め事を起こした。これが引き金となり、2002-03シーズンはオーストリア・ブンデスリーガのFKアウストリア・ウィーンにレンタル移籍した。2003年夏にはデポルティーボに復帰したが、2003-04シーズンは11試合しか出場できなかった。2004年にはメキシコのクラブ・アメリカに短期間だけ在籍し、34歳で現役引退した。 代表 一時はほぼレギュラーを掴み、代表の10番を与えられるべきとの評価も得ていたが、同時期のブラジル代表には同じ左利きの司令塔リバウドがおり、出場機会は14試合にとどまった。1997年にはコパ・アメリカ1997に出場して優勝している。 現役引退後 現役引退後はインドアサッカー選手としてプレーしている。2006年にはインドアサッカーブラジル代表としてインドアサッカー・ワールドカップで優勝し、大会最優秀選手に輝いた。2008年にはデポルティーボ・ラ・コルーニャのインドアサッカーチームに加入し、サッカーチーム時代もチームメイトであったドナト、フラン、ヌールッディーン・ナイベト、ジャック・ソンゴォなどとともにプレーした。
経歴
- 1970Born
- 1989Joined Clube de Regatas do Flamengo
- 1993Joined Guarani Futebol Clube
- 1994Joined Shimizu S-Pulse
- 1996Joined Sociedade Esportiva Palmeiras
- 1996Joined Brazil men's national football team
- 1997Joined Deportivo de La Coruña
- 2002Joined FK Austria Wien
- 2004Joined Club América
豆知識
- •Place of birth: Santos
- •Citizenship: Brazil
- •Known as: association football player, journalist
- •Sport: association football