
ジルマ・ルセフ(Dilma Rousseff)
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ジルマ・ヴァナ・ルセフ(葡: Dilma Vana Rousseff、1947年12月14日 - )は、ブラジルのエコノミスト及び政治家。第36代ブラジル連邦共和国大統領。ブラジル史上初めての女性大統領であった。2023年3月よりBRICSの新開発銀行総裁。 名 姓のRousseffはブルガリア人の父がブルガリア姓のRussevをフランス語風にしたもの。ポルトガル語を母語とする大多数のブラジル人にとっては読みにくい綴りで、国民にはファーストネームでジルマ大統領と呼ばれることが多い。 来歴 学歴 リオグランデ・ド・スル連邦大学経済学部卒 カンピーナス州立大学(サンパウロ州)経済学部修士課程単位取得(中退) カンピーナス州立大学経済学部博士課程単位取得(中退) 主要職歴 1986年~1988年:ポルトアレグレ市(リオグランデ・ド・スル州都)財務局長 1991年~1993年:“リオグランデ・ド・スル州経済・統計財団”総裁 1993年~1994年:リオグランデ・ド・スル州鉱山・エネルギー・通信長官 1999年~2002年:リオグランデ・ド・スル州鉱山・エネルギー・通信長官 2003年~2005年:鉱山エネルギー大臣 2005年~2010年3月:大統領首席補佐官 2011年1月~2016年8月:ブラジル連邦共和国大統領 2016年5月~:弾劾裁判開始により180日間の職務停止 2016年8月31日:ブラジル上院による罷免投票の結果、賛成61に対し反対20により大統領職を罷免された 人物 ミナスジェライス州の州都・ベロオリゾンテ出身。ブルガリア人の父親とブラジル人の母親の間に生まれる。 1960年代の軍事政権時代において非合法左翼ゲリラ組織の武力闘争に参加、秘密警察に拘禁された経験もある。1967年9月、同じゲリラ組織で活動していたジャーナリストと結婚するも、70年代末に離婚した。その後、政治活動家の男性と再婚するも2000年に離婚している。 1979年の政党改革法制定で政党結成が自由化されるとブラジル労働党(PTB)の再編に参加したが、その後離党し民主労働党(PDT)に参加した。1999年に労働者党(PT)へ参加した。 ルーラ政権下で鉱業エネルギー相、官房長官を務めた。大統領の右腕的存在としても知られ、PAC(経済成長加速計画)の推進役として活動、ルーラ大統領からは「PACの母親」と呼ばれた。 2010年に大統領選挙に出馬し、ジョゼ・セラを決選投票で下して当選。2011年1月1日に就任し、ブラジル史上初の女性大統領となった。就任式にはアメリカのヒラリー・クリントン国務長官や日本の麻生太郎元内閣総理大臣らが出席している。