
ディエゴ・ミリート(Diego Milito)
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ディエゴ・アルベルト・ミリート(Diego Alberto Milito, 1979年6月12日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州ベルナル出身の元サッカー選手。元アルゼンチン代表。現役時代のポジションはフォワード。 愛称の「エル・プリンシペ(王子)」は、80年代から90年代に活躍した元ウルグアイ代表で、CAリーベル・プレートに在籍したスター、エンソ・フランチェスコリに容姿がそっくりであることに因んでいる。アルゼンチンのビッグ・クラブのラシン・クラブの歴史において、最大のアイドルの1人とされている。 同じく元サッカー選手のガブリエル・ミリートは弟。なお、祖父母がカラブリア州コゼンツァ県テッラノーヴァ・ダ・シーバリ出身であるため、イタリアのパスポートも有するイタリア系アルゼンチン人である。 クラブ経歴 アルゼンチン時代 1979年に彼が生を受けた時、父親はディエゴ・アルマンド・マラドーナにあやかってディエゴ・アルマンドと名づけようとしたが、妻や親族に反対されたため、ディエゴ・アルベルトという名になった。 家族中がCAインデペンディエンテのサポーターだったが、弟のガブリエルに対するライバル心からラシン・クラブを応援するようになり、9歳でラシン・クラブの少年部に入団した。14歳で9軍(下部組織の一番下のカテゴリー)に入団し、1998年に4軍(1軍のすぐ下のカテゴリー)でリーグ優勝したことから1軍に昇格し、1999年12月11日にトップチームデビューを果たした。2001年のアペルトゥーラでは、35年ぶりのリーグ制覇に貢献した。 ジェノア アルゼンチンでの実績を買われ、2003-04シーズン途中にセリエBのジェノアCFCに移籍すると、翌シーズンは39試合に出場し、得点ランク2位の21ゴールを挙げて、クラブを10年ぶりのセリエA昇格に導いた。しかし喜びも束の間、クラブに八百長疑惑が起こり、ジェノアはセリエC1(3部リーグ)降格を余儀なくされた。 サラゴサ 2005年夏、弟のガブリエル・ミリートが所属するスペインのレアル・サラゴサへ移籍した。クラブはクラウディオ・ロペスと合意間際だったが、開幕直前にディエゴ・ミリート獲得に焦点を絞り、まさに移籍市場の閉まる2005年8月31日に移籍金200万ユーロで移籍が決定した。買取オプション付、2年間のレンタル移籍であった。
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