
デニス・ロッドマン(Dennis Rodman)
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この人は?
デニス・キース・ロッドマン(Dennis Keith Rodman, 1961年5月13日 - )は、アメリカ合衆国・ニュージャージー州トレントン出身の元プロバスケットボール選手であり、非公式の北朝鮮の米国親善大使。主にデトロイト・ピストンズ、シカゴ・ブルズなどで活躍した。 1980-90年代のNBAにおいて、当時を代表する優れたディフェンダーであり、歴代でも屈指のリバウンダーであった(1992-1998で7年連続NBAリバウンド王)。ロッドマンのディフェンスに対する考え方は、NBAに多大な影響を与えた。髪を染める、全身にタトゥーを入れる、女装癖を隠さないなど、奔放なライフスタイルも話題を集め、コート内外で起こす様々な騒動も注目された。5回の優勝経験を持つ。ニックネームは「the Worm(ザ・ワーム)」。2011年にバスケットボール殿堂入りを果たし、2021年にはNBA史上最も偉大な75人の選手にも選ばれた。 プロ入りまで 少年時代をオーク・クリフのプロジェクト(スラムの住人のための公営住宅)で過ごした。バスケットも高校2年生の時には代表にも選ばれず、挫折して本格的に始めたのは大学に入ってからだった。それまでは空港の整備や、万引き、ホームレスなど、その後NBAプレーヤーになるとは想像すらつかぬ日々を過ごしていた。大学に入ったのも妹の友人のロリータ・ウェストブルックの勧めで、テキサス州のクッキー郡短大に進学したのである。その後、サウスイースタン・オクラホマ州立大学に編入し、大学の2部リーグに相当するNAIA(全国大学体育協会)で活躍した。ロッドマンは、1985年と1986年にこのリーグでリバウンド首位になった。短大と大学でプレイした4年間の平均得点は25点を超え、NBAのチームにも知られるようになった。その頃から得点することよりも、リバウンドすることのほうに快感を覚えはじめていた。 プロ選手としてのキャリア デトロイト・ピストンズ 1986年のNBAドラフトにて2巡目全体27位でデトロイト・ピストンズから指名され入団。ルーキーシーズンはベンチから出場した。翌シーズンは出場時間を延ばし、平均11.6得点、8.7リバウンドの成績を残した。