
ダビド・ビジャ(David Villa)
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ダビド・ビジャ・サンチェス(西: David Villa Sánchez、1981年12月3日 - )は、スペイン・アストゥリアス州ラングレオ出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。元スペイン代表。スペイン代表歴代最多得点記録保持者。 クラブ経歴 スポルティング・ヒホン 愛称の「エル・グアッヘ(El Guaje)」はアストゥリアス語で「子供、少年」という意味。4歳のときに大腿骨に重傷を負い、医者に「サッカーはできない」と言われたが完治し、現在は後遺症も残っていない。そのリハビリ中に父と共に左足での練習を続けたことで両足を巧みに使えるようになったと本人は述べている。 UPラングレオでプレーしていたが、17歳の時にスポルティング・ヒホンの下部組織、マレオに移った。スポルティング・ヒホンはルイス・エンリケなどの名選手を輩出し育成に長けることで知られる。2000-01シーズンのセグンダ・ディビシオン最終戦(第42節)2001年6月17日カサ(ホーム)、エスタディオ・エル・モリノンのコルドバ戦で途中出場し30分プレーしてトップチームにデビューした。トップチームで2001-02シーズンは18得点するもチームは6位。2002-03シーズンも20得点したがチームは10位だった。 レアル・サラゴサ ヒホンが財政難に陥っていたこと、プリメーラ・ディビシオン(1部)に2シーズン振りに昇格したサラゴサがストライカーを探していたことから、2003年夏に移籍金約300万ユーロでサラゴサに移籍した。デポルティーボ・ラ・コルーニャ戦でデビューし、レアル・ムルシア戦でプリメーラ初得点を決めた。2003年12月4日のビルバオ戦では2得点し、2004年4月25日のセビージャ戦ではチームの全4得点を一人で叩き出した。初体験のプリメーラでも通用することを示し、2003-04シーズンは計16ゴールを決めた。このシーズンのコパ・デル・レイでは決勝まで勝ち進み、レアル・マドリードを3-2で破って3年ぶりの優勝を果たした。サラゴサのファンは「¡Illa, illa, illa, Villa maravilla!(イジャ、イジャ、イジャ、ビジャ・マラビージャ)」(maravillaは「驚くべき」「素晴らしい」の意)というイムノHimno(チャント)を歌った。 2004-05シーズンのUEFAカップグループリーグのユトレヒト戦では、ロスタイムに2得点を挙げてサラゴサを救った。ベスト16ではFKアウストリア・ウィーン戦2ndレグでも得点したが、アウェーゴール差で敗退した。リーグ戦では、2004年9月23日にカンプ・ノウで行われたFCバルセロナ戦で試合唯一の得点を決めて1-0で勝利した。