
ダレン・アンダートン(Darren Anderton)
ダレン・ロバート・アンダートン
日別に見る
この人は?
ダレン・ロバート・アンダートン(Darren Robert Anderton, 1972年3月3日 - )は、イギリス(イングランド)出身の同国代表の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。キャリアの大半をトッテナム・ホットスパーFCで過ごし、イングランド代表としては30試合に出場し、7ゴールを挙げている。 経歴 アンダートンは、サウサンプトン・タイロー・リーグのイッチン・セインツでサッカーを始めた。その才能は際立っており、すぐにプロのサッカークラブにスカウトされた。高い評価を受けていたが、キャリアを通して怪我に苦しみ、ポーツマスFCのゴールキーパーのアンディ・ゴスニーに「Sicknote(病院の診断書)」というニックネームを付けられた。このシックノートという愛称は、今ではイギリスのメディアなどで怪我の多い選手を指す時に広く使われており、2009年1月には『デイリー・メール』が、キーロン・ダイアー、ルイ・サハ、マイケル・オーウェン、トマーシュ・ロシツキー、オーウェン・ハーグリーヴスが有力候補であるとして名を挙げた。 ポーツマス アンダートンは、アラン・ボールが監督を務めている時に契約を結び、18歳の時にアンフィールドで行われたリヴァプールFCとのFAユースカップの試合で、ゴールを挙げる活躍を見せた。トップチームデビューとなったのは、1990年10月に行われたランビロウズ・カップ2回戦のカーディフ・シティFC戦であり、同じくユースの選手であるダリル・パウエルと交代で出場した。リーグデビューとなったのは1990-91シーズンのウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC戦であり、そのシーズンは20試合に出場した。1991-92シーズンに新しく監督に就任したジム・スミスの下でレギュラーに定着し、開幕戦のブラックバーン・ローヴァーズFC戦で初ゴールを記録した。FAカップ準決勝のリヴァプールFC戦でゴールを挙げ勝利するなど、FAカップで上位進出に貢献すると、アンダートンはすぐにビッグクラブの注目を集め、1992年に175万ポンドでトッテナム・ホットスパーFCに加入することになった。 トッテナム・ホットスパー 徐々にチームに馴染み、アンダートンは、テディ・シェリンガム、若きニック・バーンビーと攻撃トリオを形成した。2年後の1994年に行われたデンマーク代表にテリー・ヴェナブルズはアンダートンを招集した。すぐに代表チームでもポジションを掴み、1994-95シーズンには活躍をし、1995年の夏にはマンチェスター・ユナイテッドFCへ移籍する可能性があったが、ユルゲン・クリンスマンらを放出したスパーズはそれ以上の移籍を望まず、アンダートンはクラブに残留することになったが、その決定を下したことを彼は後に後悔している。
経歴
- 1972Birth