
クロイソス(Croesus)
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クロイソス(ギリシャ語: Κροῖσος, ラテン文字転写: Kroîsos, ラテン語: Croesus)はリュディア王国の最後の王(在位期間:紀元前585年 - 紀元前546年頃)である。最終的には紀元前546年か547年頃、ペルシアのキュロス大王に敗北した。ヘロドトスは彼の治世が14年だったと記している。クロイソスはその莫大な富で知られており、ヘロドトスやパウサニアスはデルポイにあったクロイソスの奉納品について書いている。 クロイソスの没落はギリシア人に大きな衝撃を与え、暦の上で基準点として扱われた。J・A・S・エヴァンズは「5世紀にはクロイソスは年代記の範囲の外にある、神話の人物になっていた」と述べている。 名称 クロイソスという名前は同時代のリュディア語文献に記録されていない。2019年、D・サスヴィル(Sasseville)とK・オイラー(Euler)は彼の治世下で鋳造された貨幣に対する研究結果を公表し、当時の支配者の名前が Qλdãns と記されていたとした。 クロイソスという名前はギリシア語: Κροισος に由来し、J・M・カーンズ(Kearns)はリュディア語の再建名 𐤨𐤭𐤬𐤥𐤦𐤮𐤠𐤮 Krowisas をギリシア化したものだと考えた。この推定された名前は固有名詞 𐤨𐤠𐤭𐤬𐤮 Karoś, 半母音 𐤥 (-w-), およびリュディア語でおそらく「主、貴族」を意味した語 𐤦𐤮𐤠𐤮 iśaś からなる複合語だと分析されていた。J・M・カーンズはクロイソスの本来の個人名はカロス(Karoś)であり、クロウィサス(Krowisas)という名前は「高貴なるカロス」という意味の個人名だったのではないかとしている。 生涯と治世 クロイソスは紀元前620年に、リュディア王アリュアッテスおよび名前の伝わっていないカリア人貴族出身の王妃の子として生まれた。クロイソスには少なくともひとりの同父母姉妹アリュエニスおよび、イオニア人の王妃を母に持つ異母兄弟パンタレオン(Pantaleon)がいた。 父の治世下、クロイソスはアドラミュッティオンの知事を務めた。同地はポントス・カスピ海草原から西アジアに侵入し、リュディアを複数回にわたり攻撃していた遊牧民キンメリア人に対する軍事拠点としてアリュアッテスが再建したものだった。キンメリア人はアリュアッテスの曽祖父ギュゲスを殺害し、祖父アルデュスおよび父サデュアッテスも恐らくキンメリア人との戦いで戦死した。アドラミュッティオンの知事として、クロイソスはカリアでの戦役にイオニア・ギリシア人傭兵を提供しなければならなかった。