
Clarence House
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クラレンス・ハウス(英: Clarence House)は、イギリス王室の邸宅(タウンハウス)。イギリス、ロンドン、シティ・オブ・ウェストミンスターのマル通りに所在。セント・ジェームズ宮殿に隣接していて、宮殿と庭を共有している。1953年から2002年までの約50年間、エリザベス王太后が住んでいた。それ以降、王太子時代のチャールズ3世と妻のカミラが公邸として使った。 2003年以降、ウィリアム王子が2011年4月に結婚するまではその公邸でもあり、2003年から2012年まではヘンリー王子の公邸でもあった。ロンドンに数多くある王室の建物の一つで、毎年通常8月に来訪者向けに公開されている。 2003年以降は「クレランス・ハウス」がチャールズ王太子の公邸を表すメトニミーとしてよく使われている。それ以前は「セント・ジェームズ宮殿」と呼ばれていた。 イギリス指定建造物のグレードIに指定されている。 歴史 クラレンス・ハウスは、1825年から1827年にかけてクラレンス=セント・アンドルーズ公爵ウィリアム王子の委託を受けたジョン・ナッシュの設計により建てられた。クラレンス公は1830年にイギリス国王ウィリアム4世として王位に就いたが、バッキンガム宮殿が大改装中でありセント・ジェームズ宮殿が狭すぎたため、即位後もクラレンス・ハウスに住み続けた。在位中、ウィリアム4世はセント・ジェームズ宮殿とクラレンス・ハウスをつなぐ連絡通路を建設させている。 ウィリアム4世崩御後、妹のオーガスタ・ソフィア王女に譲られ、彼女が1840年まで居住した。その後は、ヴィクトリア女王の母(ケント公爵夫人ヴィクトリア)の住まいとなり、1866年にはヴィクトリア女王の第4子で次男のアルフレッド王子に譲られて1900年に王子が亡くなるまで使われた。次いで、アルフレッド王子の弟アーサー王子が1900年から亡くなる1942年まで邸宅を使用した。 第二次世界大戦中は赤十字社とセント・ジョン・アンビュランスの本部として使われたが、この間にロンドン大空襲の爆撃により被害を受けた。 戦後は、王女時代のエリザベスと夫のフィリップに譲られた。1950年にアン王女がクラレンス・ハウスで生まれた。1952年にジョージ6世が亡くなり、翌1953年にエリザベス王太后とマーガレット王女が移り住んだが、その後2人はケンジントン宮殿へ移った。 建物は屋根裏や地下室を除くと4階建てで、淡い色の化粧しっくいに覆われている。二度の増改築、ロンドン大空襲で受けた損傷修復工事にかかわらず、3階がナッシュの建設した当時のままであり、多くの天井やマントルピースも19世紀のままだという。