
ジェマル・ギュルセル(Cemal Gürsel)
このスターに新着があれば通知でお届け
日別に見る
この人は?
ジェマル・ギュルセル(トルコ語:Cemal Gürsel、1895年10月13日‐1966年9月14日)は、トルコの政治家、軍人。1960年に軍部のクーデターで政権を掌握し、第4代トルコ大統領を務めた。 経歴 軍人 1895年10月13日にエルズルムで、オスマン帝国軍人の家庭に誕生する。オルドゥの小学校を卒業後、エルズィンジャン幼年兵学校 (中学校)、帝都イスタンブールのクレリ少年兵学校 (高等学校)、陸軍士官学校に進んだ。早くから「ジェマル・アー(ジェマル兄貴/親分)」とあだ名された親分肌の人物だった。士官学校最終学年のとき第一次世界大戦が勃発し、1914年10月14日より従軍した。ガリポリの戦いに第4軍団所属の少尉として参加する。次いで第41師団付榴弾砲中隊長としてパレスチナ戦線に転じるが、1918年9月19日にメギッドの戦いでイギリス軍の捕虜となり、1920年10月6日までエジプトに抑留された。後に記者に「何故捕虜収容所にいた時に英語を習わなかったのか?」と聞かれたギュルセルは、「捕虜になった屈辱から英語ではなく、あえてフランス語を学んだのだ」と答えた。 解放されるとイスタンブールに戻り、その後ムスタファ・ケマル率いるトルコ大国民議会派に投じる。独立戦争に従軍し、トルコ西部の戦線でギリシャ軍と戦った。アンカラ近郊でのサカリヤ川の戦いにも従軍し、のちに議会から独立勲章を授与された。1922年9月1日に大尉に昇進し、士官学校を教育を補完した後、1926年10月1日に入校した陸軍大学を1929年9月1日に修了し参謀となった。この間、1927年に海軍士官の娘メラハット夫人と結婚し、一男をもうけた。45年に渡る軍歴では、大将まで昇進。また諜報機関の長も兼ねた。ソビエト連邦との国境に駐屯する第3軍司令官を経て、1958年に陸軍総司令官に就任。包容力とユーモアにあふれた人柄で、NATO軍の同僚にも人気があった。また軍部や国民の人望も厚かった。