
Ô Canada
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オー・カナダ(英語: O Canada、フランス語: Ô Canada、イヌクティトゥット語: ᐆ ᑲᓇᑕ!)は、カナダの国歌。1880年6月24日、ケベックの建国記念日の式典に向け愛国歌としてカリサ・ラヴァレー(ケベック州の作曲家)が作曲、アドルフ=バジル・ルーチエ卿(ケベック州の判事)がフランス語で作詞、式典で初めて歌われた。英語の訳詞は1906年までは無く、2年後の1908年に現行の歌詞の元となるものがロバート・スタンリー・ウィア(ケベック州の法律家)によって書かれた。 1968年には、上下院特別合同委員会の勧告により、英語版の歌詞が若干変更されたが、フランス語版の歌詞は変更されていない。この曲の「カナダ人」はフランス系カナダ人をしめし、フランス系カナダ人を象徴する曲であったが、「カナダ」という単語が今のカナダ連邦を意味する単語に変わり、1世紀後1980年7月1日、「カナダの日」の祝典に際し、国歌として法制化された。 また、カナダの総督、副総督に対する王室歌として、総督歌はカナダの王室歌である『国王陛下万歳』の冒頭6小節とオー・カナダの冒頭4小節、末尾4小節を利用して編曲された。これらは総督、副総督が公式の場に登場する場合に演奏される。 現時点での歌詞 英語版 フランス語版 2番以降の歌詞について O Canadaは4番まで存在するが、2番以降の歌詞は現在は使用されておらず、歴史的な位置付けとなっている。 歌詞に対する議論 2016年に改訂されるまで、英語詞の True patriot love in all of us command の部分は all thy sons (和訳: 「汝の息子全ての中に流れる真の愛国心」)となっており、男性のみを指しており男女差別だという意見があった。 ウィアによって英語の歌詞が作られたのはオリジナルから26年後の1908年のことだが、当時はsonsという単語は含まれておらず、やや古風なthou dost in us command「我ら〜」を用いており宗教的な言い回しはなかった。 その後第一次世界大戦の影響からかthou dost in us commandをin all thy sons commandに改め、宗教的な言い回しになったとされる。 2010年、バンクーバーオリンピックで国歌が度々演奏されたが、同国が金メダルを取った14種目のうち6種目は女性選手であった。カルガリー大学のリズベス・ドナルドソン名誉教授が「女性たちが名誉ある表彰台でin all thy sons commandと歌うのは目に余る」といったメールをスティーヴン・ハーパー首相宛に送ったところ首相も同感し国歌修正案を国会に提出。しかし国民から批判が殺到したためすぐさま撤回した。